震災に遭って、自立建築を…

クマちゃん(建築家/神戸市)

えぇ、もう20年も経つんでしょうか?、というのが、正直な気持ちです。そういえば、ヒントブックスの山田さんとは、いつ頃お会いしたのでしょうか?

子供たちがまだ小さくて、「山田さんの煮干し」じゃないと味噌汁を嫌がったことを思い出します。初めて煮干しを自宅へお届けいただいたときに、ヘビースモーカーの私が喰わえ煙草でお会いし、開口一番「私は煙草を吸いませんので……」と山田さんに云われたことも思い出しました。だから、私に対する印象は、最初かなり悪いものだったと思っています。

その時は、まだ、山田さんのことを「煮干し屋さん」だと思っていました。2回目か3回目かに、山田さんとの立ち話から本屋さんなんだということがわかりました。私も本が好きなので、まちへ出るたびに本屋さん・書店へ立ち寄るのが好きなのですが、出版される量が多くて選びにくい時代になってきていました。この時に、山田さんがレファレンスしてくださることがわかり、それから色々とお願いすることが増えました。そのうちには、私の本への傾向を覚えてくださり、こんな本が出ますよと教えてくださるようになりました。

 しかし一番のお付き合いは、あの震災(阪神淡路大震災)の時から始まりました。当時、私のまちは、神戸市の都市計画道路により、既に10年にわたる工事が行われていました。これを機に、<まちづくり>をしようと<自治会><まち協(まちづくり協議会)>をあげて取り組んでいました。私の家もこれに伴い、立ち退きを迫られていたところへの震災でした。

もともと戦災焼け残りの長屋が密集していた地域でしたので、震災時の火災による被害は目を覆うものでした。これをどう復興するか、が当時<自治会>と<まち協>の役員をしていた私の課題でした。

あの混乱と緊張と異様な興奮で不眠が続くなか、それまでに積み上げてきた<まちづくり>への手がかり・印象・住民意見などが<自立建築>として、一気に具体化したのは震災の余塵がまだくすぶる時でした。とにかく、「生きています」のメッセージを親戚・知人にFAXする時でした。山田さんへのFAXに、「生きています」に加え、<自立建築>を考えていますということを書きつらねました。それが、どういう印象を与えたのか、山田さんが緊急出版した『明日の町へ』(絶版)のなかで書いてくれました。

その年の春頃か夏前だったと思いますが、それが目に留まって、<自立建築>を書けとの出版依頼が北斗出版からありました。当時、この<自立建築>を具体的に、共同住宅として設計中でしたし、復興<まちづくり>の協議に次ぐ協議の最中で、避難していたマンションの間取りを未だに思い出せない程の、「忙中、閑なし/忙ばっかり」でしたので、「山田さん! 無理ですよ」と一度はお断りしようとしました。しかし、山田さんが「僕が手伝うから、林さんは書きつらねるだけでいいから」との言葉に、うっかり乗ってしまったのが、「忙中、忙あり/五里忙々」に入り込むことになった次第です。

この時の、山田さんの叱咤激励と編集の鋭さは、未だに嫁さんとの思い出話に登場するほどのものでした。幾ページかを原稿にしてFAXしますと、此処が書き足らない、此処を直せ、此処はこう直したらどうか、と機関銃のように続けざまにFAXが来るのです。更に、それを山田さんが東京の出版社に送ると、今度は、即座に、東京からも機関銃FAXが来るのです。この機関銃FAXとは、よく云ったもので、子供たちもよく覚えています。

翌年末/1996年12月に<自立建築>第1号として、「まぁぶる・おおみち」が竣工しました。この竣工直前に、ようやく『自立建築のあるまちづくり』(北斗出版 1800円)も出版出来ました。この本は、山田さんの支援がなければ、到底出版出来なかったので、山田さんとの共著に致しました。

でも、「忙中、忙あり/五里忙々」は、これで終わったわけではないのです。むしろ、この本をお読みになったり、<自立建築>の掲載記事やTVやラジオで知った方々からの<自立建築/まぁぶる・おおみち>見学と、<自立建築>の講演が相次ぐことになったからです。住戸内の見学がありますので、嫁さんは毎週、家の片づけに追われ、私は私で講演の資料作りに追われることになったのです。でも、あの原稿を書くなかで、震災が変えた私の建築思考を、血肉から思想性まで高めてくれたのは、山田さんだったと思っています。ようやく、最近になって見学や講演もなくなり、「忙中、閑あり」に戻りました。


ヒントブックスから、ひとこと

おつれあいのキョンちゃんはかつて「うちには3人の子どもがいる」と、微笑みながら話していました。3人のうち2人は、子どもとはいえ、体格のいい青年男子です。そして、あと一人は言わずもがな、リンカーンのようなひげをつけたクマちゃんです。

発想が自由、行動が旺盛、よく食べる、誰とでも気軽に話す、遊びが好き。そんな彼が震災で、家を失った人たちの世話にどれほど献身的だったか、想像に難くないでしょう。災害時に必要な水(雨水)や太陽光発電を備えた9階建てマンション<自立建築>の最上階にクマちゃん一家も住んでいます。

やっと「忙中、閑あり」になったとはいえ、あまり無理をなさらないでね。そして、食べ過ぎにも。これからもご活躍を期待しています。

2003.4.1