「自然」という言葉(2)

(2015.8.21)

ポトルマン 1951年『人間はどこまで動物か』
岩波新書 1961年発行 5頁より


このようにかるがるしく突然変異という言葉をもちまわるのとおなじ精神が、「自然」という言葉の使い方にもみられる。つまり、敬虔な時代には創造主、神の力の行為に帰せられたすべてのことが、今日ではたいへん手近かな(※引用註)「自然」という言葉に帰せられている。「汝、近づきがたきものよ」というおもおもしい呼びかけのかわりに、この言葉の重大さは百も承知されながらも、この「自然」は、今日では言葉のうえでの説明という安価な手段となっている。ちょうどそれは「万事オーケー」と宣言して、われわれにとってこのように未知であり、とざされているこのわれわれをとりまく自然存在の、より深い根底をあたかも知っているかのような幻想をいだかせるものである。


引用註
※「手近かな」……「手近な」のところ原文のママ
ややわかりにくい書き方なので、ポイントを赤色でマーキングしました。
──「自然」とは未知・未解明であるにもかかわらず、かつては神の創造物とあがめ思考することをしなかったものを、今日では「自然」という便利な言葉を持ち出すことによって、それでわかったような気になっている──という意味。