伊藤守ほか『デモクラシー・リフレクション』

(2005.11.18)

■ "民主主義"と"まちづくり"の過激な実例
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『デモクラシー・リフレクション』
	伊藤守(いとうまもる)
	渡辺登(わたなべのぼる)
	松井克浩(まついかつひろ)
	杉原名穂子(すぎはらなほこ 著)
	リベルタ出版 2520円(税込み)
	2005年7月発行 280p 四六判(縦195×135)厚23mm 上製 400g
	ISBN 4-947637-96-X

	 日本海に臨む新潟市の西に隣接する「巻町」(まきまち・人口3万人)
	のこの地名に記憶があるでしょうか? (巻町は、今年10月10日、
	新潟市と合併し、「新潟市」の一部になりました)
	
	 1996年8月4日、原子力発電所建設の賛否を問う住民投票が、こ
	の巻町で行われました。結果、誘致反対の過半数を経て、町長は建設予
	定地内の町有地を電力会社に売却しないと表明。しかし、これは住民の
	「意向」であって、建設が中止になったわけではありません。
	 その後、その町有地は、建設反対を表明している町民に売却されまし
	た。町長が交代して町有地が電力会社に移ることを防ぐ方策でした。こ
	れに反発した建設推進派の住民が提訴。2003年12月18日、最高
	裁は訴えを退け、原発建設は事実上不可能になり、東北電力は建設を断
	念し、同年12月24日「白紙撤回」を表明しました。住民投票運動の
	完全勝利となったのです。
	
	 一部の活動家が、あるいは政治家などの実力者たちが招いた結果では
	なく、住民総意で為し得たのです。それは、どういう経過で、どういう
	人たちがやったのか? それを知りたいと私はずっと待っていました。
	そして、その答の一部を、この本で、ついに読むことができるようにな
	りました。
	
                                   ◇
	
	 まず、執筆者たちの立場を確かめておきましょう。
	伊藤 守  早稲田大学教育・総合科学学術院教授(専門/メディア研究)
	渡辺 登   新潟大学人文学部教授(専門/政治社会学・社会運動論)
	松井克浩  新潟大学人文学部助教授(専門/農村社会学・社会学史)
	杉原名穂子 新潟大学人文学部助教授
                                      (専門/ジェンダー研究・文化社会学)
	
	 この陣容からは、学術書の雰囲気が感じられますね。確かにそうで、
	巻町で試みられた住民投票を貴重な資源として「直接民主主義」を分析
	しています。それだけに、住民やマスメディアから一線を画しているも
	のの、直接民主主義の可能性や地域社会の成熟に賛意が感じられます。
	 しかし、本書は、学生や研究者だけを対象としている教科書ふうでは
	ありません。原発、地方自治、市民運動などに関心があれば特別むずか
	しくなく、むしろ大変参考になると思います。
	
                                   ◇
	
	 巻町原発建設は、1969年、地元の新聞社「新潟日報」がスクープ
	報道したことによって、計画が白日の下になりました。以来、27年目
	で住民投票、それからさらに7年目で「白紙撤回」になるのです。
	
	 人口3万人の農村。選挙となれば、地縁・血縁でかためられ、どっぷ
	りの金権体質でした。
	
		町民も馬鹿てば馬鹿。オレもその一人だども、何のために選挙
		したんだか、わかっているんだやら、わかってねぇんだやら、
		とにかくカネのあるとこへつく……。
	
	 こう証言するのは、石塚又造(実名)、85歳。
	 彼は小作農家の五男として生まれました。
	
		小作は何にもねえんだ。金もなければ田圃もねえでしょ。…虫
		けらみたいなものだこて。『生かさず殺さず』ってそういうこ
		とから出たのかは知んないけどね。
	
	 若かりし石塚は、農民運動に傾斜し、選挙では革新系に投票していた
	という。「食っていかんねえから、その人たちに頼んですがって地主と
	交渉してもらって生きる道を探らんばだめだね」という事情がそうさせ
	ていました。
	
	 ところが、「保守系にならんと、働く場がねえというか」で、金権体
	質にまみれていく。
	
		飲み食いさせねば人は集まらん土地だから、まずもって酒。飲
		み食いどんどんさせて集める。そうせばそれが票につながる。
		その選挙はへぇ決まってるんだ。そうしてさらに現ナマが飛ぶ
		わけだ。
	
	 そう言う彼が、原発反対に転身するのは、どうしてでしょうか?
	
		牛に引かれて善光寺詣りてことがあるが、嫁に指導されるよう
		になってはオレもおしめぇかな。アハハハ。
	
		(嫁から)いろいろ吹き込まれたというか、勉強したというか
		ね。うちの嫁の方は、オレよりも一足も二足も早かったこてね。
		もっと若いすけ。
	
	 馬鹿話ばかりしているようですが、彼は、地元紙に投書し、こう宣言
	しているのです。
	
		「私は、危険の伴う原発は巻町にはいらないと思っています。
		長い将来を考えればクリーンなエネルギーが必ずできるはずで
		す。お金よりも命と自然が大切です。私は正々堂々と自分の信
		念で投票いたします。」(新潟日報、1996年6月17日)
	
                                   ◇
	
	 ところで、原発建設計画が明るみになってから住民投票の実現まで、
	27年もかかっています。用地買収、議会決議、漁業補償、国の承認事
	項など手続きが多いということもありましたが、町有地売却の町長同意
	がなかなか得られず凍結状態にもなっていました。そこへ、1994年
	佐藤莞爾町長は「原発建設凍結解除」を言明し、同年8月の町長選挙で
	佐藤は三選を果たします。風雲急を告げるということでしょうか、にわ
	かに住民が動き始めます。
	
	 得票数を見てみましょう。
		      佐藤莞爾 9006票 (当選) 原発建設推進派
		原発建設 慎重派A氏 6245票
		原発建設 反対派B氏 4382票
					A+B=1万票を超える
	
	 住民は、「原発建設に関しては町民の意思を確認すべきである」とし
	て住民投票を求めるに至り、それを実現させるべく「巻原発・住民投票
	を実行する会」が結成されたのです。
	
                                   ◇
	
	 以後、熾烈(しれつ)な賛否の綱引きが始まります。
	(1) 住民、町長に住民投票を実施を求めるが拒絶される。
	(2) 住民、「自主的に」住民投票を実施。
	(3) 町営体育館(用途は投票所)の使用を拒否され訴訟となる。
	(4) いやがらせを受けながらも「自主的な」住民投票を実施。
	(5) 町議会選挙で住民投票派が過半数を制し、住民投票条例が制定され
			る。(原発推進派の議会工作により勢力が逆転、
                                          制定が危ぶまれる場面もあった)
	(6) その後、町長は議会に投票を先延ばしにする条例改正に成功。
	(7) 住民、投票を実施しない町長のリコールに成功。
	(8) リコール後の町長選挙で、住民投票賛成派の町長が当選。
	(9) 1996年8月4日、条例による全国初の住民投票が実施される。
	 ここで注意しなくてはならないのは、住民投票派=原発建設反対派で
	はないことです。原発建設の賛否を直接住民に問うことを要求したので
	あって、賛否はその結果に従うというものでした。
	
	 地縁・血縁をふりはらい、過半数を必要とする民主主義のルールを実
	現させるには、辛抱強いだけではない、もっと何かが運動を推進する側
	にあったのではないか?──と、私は思う。
	
	 この本の4人の研究者たちは、いろいろなアプローチをかけて、その
	解明に取り組みます。
		第3章 運動リーダー層の分析
		第4章 政治過程の変化
		第5章 女性の政治参加と政治意識
	
	 先にあげた石塚又造は、第4章に登場します。
	 そのほか、運動などしたことなかった「もの言わぬ女性たち」の実例
	として、佐藤正子(1956年生まれ)が……。
	 遠藤寅雄(1947年生まれ)は、原発建設計画発覚の当時から、一貫して
	建設反対を訴え続け、いつでも運動の現場にいた。「住民運動が勝利す
	るには、自分の土俵をつくらなかったら勝てない」が持論。
	 労組体質の運動に見切りをつけた坂井惠子(1955年生まれ)。
	 これらの人たちへのインタビューが、なかなか読ませます。
	 そして、こういう大きな成果をあげる陰には、やはりそこに「人」が
	いるんだなあ、と思わせます。
	
	 各人のインタビューに「田畑」という人物がよく出てきます。
	 田畑護人(1942年生まれ)。家業は酒屋。地元の土建業者や料亭に酒を
	売って生業としている。その彼が、原発反対運動のリーダーの一人にな
	る。しばらく田畑の話を聞きましょう。
	
		 事態がどう流れていくのか、本当にどうなるのか、非常に怖
		かったですよ。もうダメになるだろうという覚悟はつけており
		ましたけどね。
	
	 事実、商売への影響は「並じゃないほど」であり、「飯が食えないぐ
	らい」の落ち込みよう(80頁)──だったそうです。
	
	 一歩も引き下がれない状況に自ら追い込み、
	
		 これで負ければ終わりなんだという感覚。だから、全部勝た
		なければならないという使命感が、たぶん真ん中にあったと思
		います。
	
	 「使命感」だけでしょうか?
	 いつしか彼の身に備わってきた「哲学」のようなものを、私は感じる
	のですが……。
	
		 国策だとおっしゃる。じゃああんたはエネルギーに対してど
		う思うと言われる。私はエネルギーはわからん。何にも関係な
		い。この町に原発があったほうがいいか、ないほうがいいかと
		言われたときに、私はいやだと答えただけのことです。
		 じゃ、隣の町に原発をつくると言う。それはいいですよと言っ
		たら、エゴじゃないかと言われるけれども、そう言われても結
		構だ。
		 そして、隣の町の人たちが、やっぱり私の町には原発はいら
		ないとおっしゃったときにどうするか。その隣の町におつくり
		になればいいじゃないか、国策なんだから。
	
	 これは第3章に出てくるのですが、この章をまとめた執筆者の一人・
	渡辺登は、次の疑問を呈しています。
	
		 そもそも、地域の側で国のエネルギー政策を視野に含めた形
		での議論の立て方が果たして必要なのであろうか。
	
	 こういう問題提起が出されるのは、田畑の哲学が作用していると、私
	は思う。続けて、渡辺は──
	
		 原発が地域生活にとってどれだけ危険であり、地域づくりに
		とって有害であるかという点で議論していってなにが悪いのか。
		地域側でのそうした問題提起に応えて国策を構築するのが国の
		役割ではないのか?
	
	 本書のタイトル「デモクラシー・リフレクション」とは、「民主主義
	を再考すること、あるいは民主主義を招来すること」(19頁)とあります。
	巻町の人たちがとった行動は、まさにこの言葉を実践したということだ
	と思います。
	
                                   ◇
	
	 本書の後半は、
		第6章 地域の社会関係を編み出す
		第7章 住民投票をめぐるメディアの言説
		終章  巻町のいま
	
	 いずれも文言は堅い。でも、中身はそんなにむずかしくないのです。
	こうした住民投票条例運動に参加した人たちが、そして実際に原発建設
	の中止を勝ち取った人たちが、その後、どういう「まちづくり」をして
	いるかというレポートです。
	 新聞・テレビが世論形成にどうかかわり、どの程度の影響があったか
	という考察もなされています。
	
	 民主主義の"奇蹟"や一地域の"物語"として終わらせないよう、この本
	をじっくり読み、市民運動について学ぶ人たちが続くことを願いたいも
	のです。

※2005年11月18日執筆