野沢和弘『条例のある街 障害のある人もない人も暮らしやすい時代に』

(2007.3.2)

 さあ、最初の一歩だ!
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『条例のある街 障害のある人もない人も暮らしやすい時代に』
	野沢和弘(のざわ・かずひろ著)/毎日新聞社会部副部長
	ぶどう社 1785円(税込み)
	2007年1月発行
	174p A5判(縦211×150)厚13mm 並製 280g
	ISBN 978-4-89240-187-9

	 「なんか、おもしろそうな本はないかなあ?」と、図書館に行ったと
	きは「新刊コーナー」に立ち寄ることにしている。「あれっ? なんだ
	ろう?」と、先日、手をのばして取ったのは『条例のある街』。
	
	 ちょうど今、私は「自治基本条例」という堅苦しいコトに関心を持っ
	ているので、"条例"という言葉が目に止まった。パラパラとページをめ
	くってみて「おもしろそう」と思った。──けれど、こういうタイトル
	の本を「おもしろそう」と思う人はたぶん少ないだろうなあ。
	
	 ここでいう条例とは、「障害のある人もない人も共に暮らしやすい千
	葉県づくり条例」で、昨年(2006年)10月11日、千葉県議会で成立した。
	障碍者への差別をなくすことを唱った、日本で初めての条例だ。
	
                                   ◇
	
	 舞台は、千葉県。
	 2001年、無党派に押されて全国3番目の女性知事「堂本暁子知事」が
	誕生していた。
	
		 2002年、「もう施設には帰らない」というシンポジウム
		を東京・新宿でやったとき、司会をしていた大熊由紀子さんと
		打ち上げの席で隣り合わせになった。朝日新聞の元論説委員で、
		医療や福祉の分野では知らない人がいない高名なジャーナリス
		トである。
		 「千葉に住んでいらっしゃるの。千葉県の福祉を変えるプロ
		ジェクトに、力を貸してくださらない」
		 その前年に千葉県知事になった堂本暁子さんと大熊さんは旧
		知の仲で、千葉の福祉改革に取り組み始めたところだという。(4頁)
		※注釈:この本の著者・野沢は毎日新聞社会部記者として、若
		  者のひきこもり、いじめ、薬害エイズ、障害者虐待、児童虐
		  待などの現場を取材し報道し続けてきた。
		  「もう施設には帰らない」というこのシンポジウムは、以下
		  の本編とは別のもので、「千葉の福祉改革」に著者自身がか
		  かわることになるきっかけを説明している。
	
	 「健康福祉千葉方式」は、03年に着手した「千葉県障害者計画」策
	定から始まり、この計画(報告書)は04年7月に完成した。
	
		 その中にほんの数行、障害者差別をなくす条例のことが書か
		れてあった。
		 「障害者の権利を守るため、国に障害者差別禁止法の制定を
		はたらきかけ、千葉県独自に同趣旨の条例の制定を検討する」(16頁)
	
	 この「条例づくり」を提案したのが、この本の著者・野沢だった。
	 早速 条例づくりの準備が始まり、官と民が協同で取り組む「障害者
	差別をなくすための研究会」の座長を野沢は引き受けることになった。
	
                                   ◇
	
	 千葉県議会の7割は自民党議員という。知事からみれば圧倒的な野党
	勢力にもかかわらず、結果として「条例」は成立している。直観的に私
	は「なぜ?」と思い、成立したことのほうが不思議だった。
	
		 06年2月、知事は条例案を議会に提出するが激論。継続審
		議に。
		 同年7月、苦渋の修正に応じる選択を決断したにもかかわら
		ず、自民党の戦術が上回り、知事は「撤回」を表明。白紙に戻
		される。
		 同年9月、大幅に修正し再提出。なおも強い反対勢力を押さ
		えて、奇跡的な成立をみる。
                                                    (この経過は要約)
	
                                   ◇
	
	 さかのぼって、条例案づくりも平坦ではなかった。
	
	 条例をつくる役割を負った「研究会」では、障碍当事者や法律家そし
	て「障害者だからといって甘えるな」(45頁)と発言する企業家たちが大
	きな声で意見をかわすものだから、なかなかまとまらない。
	 そこへもってきて、県民に呼びかけて「差別事例」を集めたものだか
	ら、いやがうえにも議論は白熱する。
	
	 どのようにして研究会のメンバー(委員)を集めたか、差別事例とはど
	ういうものだったか、差別はどのようにして起きるのか、そして障碍者
	差別をなくすために条例はどうあるべきか──千葉を先例としてこれに
	続きたいと思うとき、これほど良き参考書はないぐらいに課題整理がで
	きている。
	
	 ところが、「報告書」と思うと違うのである。人物や背景の描写が巧
	みで、まるで小説を読んでいるようだ。この条例は、役人や議員が作っ
	て県民に押しつけるものではない。県民の総意で作るのだ。そんな心情
	がひたひたと伝わってくる。
	
		 政府の教育基本法改正のタウンミーティングで、やらせ発言
		や役所による動員が問題になったが、そのような「官製タウン
		ミーティング」とはまったく異なる。千葉県では、各地域で障
		害種別や立場や世代を超えて障害に関係のある住民が顔を合わ
		せ、手作りで企画を立てる。カンパで資金を集め、一般市民に
		参加を呼びかけていく。県は資料を用意し、当日に担当職員を
		派遣して条例の説明をするだけである。ある地域のタウンミー
		ティングが成功すると、それがメールなどで紹介され、次の地
		域ではさらに趣向を凝らして多くの人を集める。そんな連鎖反
		応が見られた。(47頁)
	
                                   ◇
	
	 議会で追い詰められ、「撤回」の言葉を口にしてしまった知事は、議
	員が立ち去った議場に一人残って立ち尽くした。傍聴席を埋めた人びと
	は知事にエールを送った。「知事、これからもがんばってください!」
	「私たちがついています!」
	
		 知事に手を振りながら、みんな悔しくて泣いていた。最後の
		ひとりが傍聴席から去るまで、知事は議場にたったひとりで残
		り、私たちの背中を見つめていた。(122頁)
	
	 この本を読んでいると熱くなることが多い。もうひとつそんな例をあ
	げよう。
	
		 重度心身障害で寝たきりの妹は、お兄ちゃんに可愛がられて
		いた。そのお兄ちゃんも「学校には(妹を)つれてこないで」
		と言う。重い障害の妹を見られたら、いじめや冷やかしの対象
		になるかもしれないと心配だったのだろうか。
		 お兄ちゃんが6年生になったとき、ソフトボールで活躍する
		お兄ちゃんの姿を見せたくて、お母さんは車いすに妹を乗せて
		応援に行った。
		 お兄ちゃんのチームは勝った。そして、チームメイトたちが
		妹のいるほうへ走ってきた。
		 じーっと見ていた子どもたちの何人かが手を伸ばして、妹の
		頭を撫でて言った。「勝利の女神だね」
                                                      (55頁より要約)
	
                                   ◇
	
	 条例が奇しくも成立したのは、多数を占める自民党議員が賛成したか
	らにほかならない。もちろん、研究会のメンバーや知事らが譲歩したか
	らだ。知事の"与党"である「市民ネット」や、社民党や共産党の議員た
	ちは、その譲歩に文句をつけた。しかし、本会議では、
	
		 自民党4人と民主党2人の計6人が議場を退席したが、あと
		の議員は全員賛成し、満場一致で可決した。(146頁)
	
		 「条例成立がゴールではない。これをスタートにして障害者
		の差別のない社会をつくっていくことが大事」(145頁)
	
	 じつは、著者(=研究会の座長)は、まったく言葉が話せない重度の知
	的障碍者の父でもあった。
	
		 私たち障害者の親は、自分が生きている間はなんとしてもわ
		が子の生活を守ろうとする。しかし、障害のある子にとっては、
		親が老いて死んでいったあとの人生のほうが長いだろう。(150頁)
	
	 条例成立は「障害のある人もない人も暮らしやすい時代」に向けての
	スタートライン。この一歩を「勝利の女神だね」と言った子どもたちが
	受け継いでくれたら、「うれしい」と本書の結びで言っている。

※2007年3月2日執筆