岩村暢子『変わる家族 変わる食卓』とその続編

	 子どもが変だ。
	 奇妙な社会現象が起きる原因は、なんだろうか?
	 子どもが育つ「家庭」に問題があるのだろうか?
	 こんな疑問に、マーケティング調査を行う広告会社のチームが取り組
	んだ。名づけて、「食DRIVE調査」。
	                           ※広告会社=アサツー・ディ・ケイ

	 商標登録も済ませている調査名称「食DRIVE」は、それ自体がユ
	ニークです。
	 「食DRIVE」調査とは、「首都圏に存在する1960年以降に生
	まれた〈子どもを持つ〉主婦を対象として、毎年実施してきている食卓
	の実態調査」です。(後掲『変わる家族 変わる食卓』1頁より)
	
	 調査年の実際は、1998年から2002年の5年間に行われたもの
	で比較的新しい。調査対象者111人。調査された食卓数2331。
	
	 調査は、3つのステップにわたります。
	 第一ステップは、「食事作りや食生活、食卓に関する意識や実態など
	について質問紙法で尋ね、回答後回収する」
	 いわゆる"アンケート調査"で、この第一ステップは、ほかでもありそ
	うな調査です。
	
	 では、実際の食卓を見せてよ!──と、1週間分、朝昼晩の3食全部
	「使用食材の入手経路やメニュー決定理由、作り方、食べ方、食べた人、
	食べた時間などを日記と写真で記録してもらう」のが、第二ステップ。
	 うわっー、そんなん見せられへんわ、と思った人もいると思うのです
	が、本書には確かにその証拠写真たちがたくさん掲載されています。
	
	 調査はしつこくまだ続きます。
	 多少体裁を整えられた第一ステップのアンケートと第二ステップの食
	卓日記と証拠写真をつきあわせ、これ、おかしいやないの?と「詳細面
	接」を敢行!。これが第三ステップ。
	
	 調査された人たちの年齢は、1960年以降生まれ、つまり調査時点
	で40歳前後を年長にしてそれより若くなり、30歳代がメインと推定
	されます。
	 なぜ「1960年以降生まれ」かについては、明確な説明はありませ
	んが、これを仮説的に設定することで「子どもが変、奇妙な社会現象」
	などの謎を解く優れたアイデアだと、私は思います。
	
	 そして、なぜ「食卓」なのかについては、「家族のあり方や関係を明
	らかにするための定点観測の場として」食卓に注目したと、説明されて
	います。(3頁)

『変わる家族 変わる食卓』
	岩村暢子(いわむらのぶこ著)
	勁草書房 1890円(税込み)
	2003年4月発行 245p 四六判(縦195×138)厚18mm 上製 360g
	ISBN 4-326-65278-0

	 はい。やっと書名が現れました。
	 この本を読むと、びっくりする食生活(=食卓)ばかりで、ホンマかな
	と思いました。
	 それは、「私」の食卓と同じまたは似たようなものではなく、まった
	く違うからです。
	 さりとて、では、他人の、あからさまな飾らない日常の食卓を見るこ
	とはできない、です。それだけに、周到なこの調査「食DRIVE」は
	貴重であり、衝撃的です。
	
	──いま家庭の食卓の激変ぶりは若者や単身者の食実態以上にショッキ
	ングである。──(「まえがき」より)
	
	 この本のどこを開いても、それを見ることができます。
	
	 114ページの写真には、こんなキャプションがついています。
	──パン嫌だ、ご飯嫌だという子どもたちの要求に応えて家族全員の朝
	食がタコ焼きとジュースになることもある。──
	
	 さすがにこれは変だと思いますか?
	
	──スーパーの帰りは目的がなくてもコンビニに寄るのが楽しみ。私1
	人の昼食をコンビニで買った。そばと鱒寿司のおにぎり。──(139頁)
	
	──洗い物を出したくないので鮭フレークもタラコもパックのまま出す。
                                                              ──(54頁)
	
	──1日1回納豆を食べることにしているので、インスタントラーメン
	のときにも納豆は欠かさない。──(166頁)
	
	 なぜ、こんな食卓なのか? と、被調査対象者に面接で詳しく尋ね、
	それらが綿密・詳細に記されています。
	
	 あなたは、この本を読んで、そんなもんだろうと相槌を打つでしょう
	か、それとも、すさまじいともいえる食の荒廃に危機を感じるでしょう
	か?
	
                                   ◇
	
	 なぜこんな食卓になったのだろう。1960年以降に生まれた人たち
	の、その「親の顔が見てみたい」。どんな子育てをしてきたのだろう?
	という調査をした、そのレポートが続刊で、次の本です。

『〈現代家族〉の誕生 幻想系家族論の死』
	岩村暢子(いわむらのぶこ著)
	勁草書房 1890円(税込み)
	2005年6月発行 296p 四六判(縦195×138)厚22mm 上製 440g
	ISBN 4-326-65305-1

	 ひとことで言えば、「その親たち」は、戦前に生まれ、「戦後」を体
	験した世代だった、ということになるでしょう。
	
	 食(=食卓)は親から子へと受け継がれるものという"固定観念"は、そ
	の親たちが「戦前・戦後」の価値観の転換点に立っていただけに、その
	ときすでに「受け継がれていなかった」という結論を導き出します。
	
	 その親たちへの調査は、「食DRIVE」と整合させるため、直接面
	接の方法をとっています。面接できたのは40人の親たち。その証言が
	くどいほどに収められています。
	 それらの"証言"を裏付けるために、国民生活白書など戦後の現代史の
	歴史的事実を積み重ねる手法で「分析」しています。
	
	 インスタント食品やカレールーなど加工食品などが誕生した時期、電
	子レンジなど家庭電化製品が開発された時期、マクドナルドなどファス
	トフードが拡大していった時期、その他、今の食生活の起源を、豊富な
	資料を使って、親たちの証言をなぞっています。
	
	──「赤信号みんなで渡ればこわくない」(ビートたけし)が流行語となっ
	たのは、1980年のことであった。──(206頁)
	
                                   ◇
	
	 本書の結論らしきものは、今の若い親が原因で食が崩壊したのではな
	く、若い親の、さらにその親たちの段階で、すでに崩壊しつつあったと
	いうことです。
	
	 ところで、大変克明にもかかわらず、すっぽり抜けている点が少なく
	とも2つあると、私は思います。
	
	 1950年代から60年代にかけて、水俣病・森永ヒ素ミルク事件な
	どが発生し、国民の知るところとなっていました。全国の自治体には消
	費生活の相談コーナーがありました。豆腐の防腐剤AF2はマスコミで
	とりあげられ、大きな社会問題になりました。
	 有吉佐和子の『複合汚染』が新聞連載されたのは1970年代です。
	この小説やレイチェル・カーソンの『沈黙の春』、そして、アメリカの
	消費者運動のリーダーであるラルフ・ネーダーなどの影響下で、日本で
	も大きな消費者運動が起きました。
	 こうした動きに共鳴した「その親たち」も少なからず当時存在したは
	ずです。そういう分析がまったくないのは、他の調査が克明であるだけ
	に少々奇異に感じます。
	 つまり、食の崩壊に歯止めをかけようとする社会的な動きが、一方に
	あったことは事実で、そういう視点がないように思えるのです。
	
	 もう1点は、家庭での、女と男の役割です。
	 本書では、『変わる家族 変わる食卓』の「まえがき」末尾で、この
	調査は
	──主婦を対象として行っているため、「主婦」の発言、「主婦」の行
	動ばかりがここでは取り上げられているが、それは決して「食事の支度
	は女がすべきものだ」と私たちが考えているからではなく──
	 と、断りがあるのですが、男がかかわってこなかった過程、かかわれ
	なかった過程の分析が足りないように思えるのです。
	 現代の食(=食卓=家庭)の崩壊は、事実の一面であることを認めたと
	しても、もう一方で、崩壊しなかった家庭もあるわけで、その説明が本
	書ではできないように思えます。
	 仮に、女と男の役割の視点で、そこに親たちの証言と現代史的事実を
	分析しておけば、さらに先の消費者運動の視点も重ねあわせるなどで、
	崩壊しなかった理由も指摘できる可能性があったことを思えば、これだ
	けの調査をしているのですから惜しいと思います。
	
                                   ◇
	
	 後者の本では、懸念も指摘しましたが、「現代の社会」を考え直して
	みるには、2つの本は、類書のない好著と思います。

※2005年9月2日執筆