思い出話 5 忘れてはならないこと

うっすら目が覚めていたそのとき(午前5時46分)まだ寝ころんでいた(うつ伏せになっていた)とき、思わず右手で体を支えた。支えないと滑り落ちそうになったからだ。私の住んでいるのは10階建てのマンション(自宅は4階部分)。戸数259。こんな大きなマンションが、ペラペラの紙のように揺さぶられている。なんだかブーンとするような音が聞こえる(ような気がしただけかも)。兵庫県南部地震が発生した瞬間でした。23年経った今でも体が覚えている。

ねこそぎ何もかも変えさせられてしまった。生き残ったから思えたにすぎない。震災は、自分個人だけでなく、社会が壊れてしまった。東北の地震では、原子力発電所の爆発事故が起きた。地震によって発生した事故だが、震災の副次的な災禍ではない。原発が固有にもっていた危険因子だった。危険とわかっていながら原発を稼働させていた。世界の今でもどこかで爆弾が落とされている。わたしたち(と、まるで押しつける言い方もよくないが)は、想像をたくましくしなければならない。事件・事故、病気などで我が子をなくした悲しみははかりしれない。大義になってしまうけれど、忘れてはならないことだ。