小島曠太郎『クジラと少年の海』

飢餓に備えて……ラマレラのひとびと

小島曠太郎(こじまこうたろう)+ 江上幹幸(えがみともこ)著
中公新書①『クジラと生きる 海の狩猟、山の交換』
1999年 中央公論新社

小島曠太郎/著 江上幹幸/写真
YA②『クジラと少年の海 モリ一本でクジラを捕るラマレラ村より』
1997年 理論社

小島曠太郎 + えがみともこ /文・写真
YA③『ラマレラ・生命の物語 クジラがとれた日』
YA④『ラマレラ・生命の物語 クジラがくれた力』
YA⑤『ラマレラ・生命の物語 クジラにいどむ船』
③~⑤は写真中心、ビジュアルで概略をつかむに適しています。
2001-2004年 ポプラ社

以下は、①『クジラと生きる』による記述です。地図は


地図は『クジラと少年の海』より

 インドネシアは赤道をはさんで大小1万以上の島々からなっている。それらの島々は弓状に並び東西5000キロにもなるという。その東の端近く、2002年インドネシアから独立した東ティモールのすぐ北にレンバタ島という小さな島(沖縄本島よりやや大きい)がある。
 このレンバタ島に人口2000人ほどのラマレラ村がある。村のすぐ北に島の最高峰1643メートルの休火山がそびえ、山の斜面はそのまま海に落ち込み、沖合数キロで水深1000メートルに達する。火山島特有の地形に加えて、激しい潮流はクジラを呼び込んだ。
 急傾斜地で農地はわずかしか得られないが、幸運にも船を出し入れする条件の良い入り江に恵まれた。ゲワンヤシの葉を編んで作られた1本の帆を立てた木造帆船をプレダンという。
 プレダンは全長10メートル、最大幅2メートル。マトロス(乗組員)は最少9人から14人程度。「バレオ!」の叫び声がかかるとマトロスたちは一斉に船を繰り出す。彼らが追うのは、マッコウクジラ。平均体長15メートル、体重45トン。実際に獲る大きさは体長10メートル程度でやや小さめ。ナガスクジラなども現れるが、それは獲らない。

 船首にはラマファ(銛-もり-を打つ人)が座る。はるか沖合のクジラの噴気を見逃さず、噴気によってクジラの種類も見分ける。クジラに追いつくと、銛とともにクジラに身を投げる。銛を射られたあとのクジラの行動は予測がつかない。尾ひれに打たれ死亡した事故は幾例もある。船が転覆させられることもしばしば。この著者・小島も海に放り出されている。
 獲るとはいえ捕獲数は多くない。1997年・22頭、98年・26頭。82年から89年の間では、85年・11頭のほかは10頭に満たない。
 獲ったクジラを彼らは食べない。浜でクジラは、約束事にしたがって分配される。頭部はマトロスたちで分け、目の上は槍をつくった鍛冶屋に、目は感謝の気持ちを表して土地の主に、……、というふうに。
 ラマレラ村の人々の主食は、トウモロコシ3に対し、米(赤米)7の割合で炊いたトウモロコシご飯。そのトウモロコシを村では生産していないので、クジラの肉や脂と交換して入手する。
 一番鶏が夜中の1時に鳴き、遠方へ行商(プネタン)に出かける女性はこの鳴き声で起きる。2番鶏は2時、3番鶏は3時。イスラム圏のインドネシアにあって、ここはカトリック。教会の鐘がなる5時には、もう生活が始まっている。
 プネタンで売るために用意するのは、クジラ肉(脂)のほか、塩・マンタの日干し肉・石灰など。マンタとはオニイトマキエイのこと。塩は海水を煮詰めて作り、石灰はサンゴから作る。これを頭にのせて運ぶ。いわゆる「頭上運搬」。
 著者・江上(女性)はプネタンの同行体験を寄せている。2番鶏の鳴き声で起き、総勢9人、まだ暗いので松明(たいまつ)を持つ。足場の悪い山道を、一列になって歩く。「賑やかである。みんなが楽しそうに足を進めている」(190頁)
 プネタンでは、ふつう貨幣は使われない。物々交換による。帰り道、頭上の荷物は40キロにも50キロにもなるという。「彼女は荷物の重みで頭があつくなり、時どきそれを持ち上げる時、私はクッション代わりに敷いている布を裏返してあげる。これくらいしか、私には手伝うことができない。」(195頁) このプネタンは日帰りだった。
 ラマレラ村の女性は、日帰りだけでなく1泊2日あるいは2泊3日の行商をまぜて、週2回、海と山を往復する。そうしないと、トウモロコシが手に入らないからだ。雨の日は行けない。雨の少ない気候のため、水くみが早朝から始まるが、雨季の2月頃、雨が長引くと飢餓の恐れさえあるという。

 本書は、民族学的見地に立って、新書1冊という制約のなかで、クジラ漁の実際、プネタンの実際、見方を変えれば、男の役割・女の役割を図や数値を示して克明に記録している。
 私はこの本を最初 手にしたとき、”クジラの保護”という視点ではどうなのか?と思い、強調されすぎた男女の役割分担?という懐疑めいたものがあった。
 しかし、本書に限っては、これは的はずれだった。むしろ私自身に潜む欧米式価値観の偏りに気づかされたぐらいだ。
 クジラ、ウミガメ、ジンベイザメ、マンタ、およそ銛(もり)でつけるものはなんでも獲る。それらを食べることなく、すべてトウモロコシなどの食糧に代える。
 クジラは時間がたてば呼吸するために海面に浮かび上がる。しかし、魚類のマンタは海底深くもぐる。マンタに銛をつきたてたまま、帰らぬ人となった男もいる。食べさせるために漁に出る男たち、食べさせるために自分の体重よりも重い荷物を運ぶ女たち。
 こういう人たちの住む村が、赤道直下の小島にある。

シェアする

  • このエントリーをはてなブックマークに追加
  • Evernoteに保存Evernoteに保存