橋本治『ちゃんと話すための敬語の本』

敬語の役割を見直せる好著

  • ちくまプリマー新書 2005年

 敬語って何?って訊かれたら、そりゃあ「敬語」やから、敬(うやま)う言葉でしょうと、私なんかは答えてしまいそうです。敬うを別の言葉に置き換えれば「尊敬」ですね。

──この「敬語」が問題にされる時は、たいてい、「乱れている」とか「まちがっている」とか、「敬語の使いかたを知らない」と、嘆かれる時です。(7頁)
 ということは、別な見方をすれば、「敬いかたを知らない」「尊敬のしかたを知らない」と同じ意味になるでしょう。
──敬語には、「尊敬」と「謙譲」と「丁寧」の三種類があります。(27頁)
 ところで、著者の橋本治は、
──この本は「正しい敬語の使いかたを教える本」ではありません。それよりも、「正しい敬語の使いかたをするなんて、こんなにもへんだ」ということを教える本です。(70頁) と、言っています。

 橋本治先生(「先生」は敬語…15頁)のお教えを要約してみます。

 そもそも、明治時代以前、「敬語」という言葉はありませんでした。「目下の人」が「目上の人」に使う言葉が厳しく決められていました。でもその反対の、「目上の人」が「目下の人」に使う言葉に制約はありませんでした。命令口調だけでよかったのです。(82頁)

 目上の人たちとは、どういう人たちでしょうか?

 この説明が本書の核心です。

 時代劇、町奉行の遠山の金さんで、役者たちの座っていた位置は次のとおりです。金さんは部屋の中。家来は一段低い縁側。屋根のない庭にムシロが敷かれそこに証人が、容疑者はじかに地面に座らされます。
 段差があるので、お互いの目の位置が違いますね。「目上」とか「目下」というのは、こんな誰にもわかる基準で示されていました。そして「目上の人」に使う言葉だけが決められ、強制されていました。

 殿様に、手紙を届ける手続きについても解説されています。

──殿様に用事のあるあなたは、まず、庭に座らなければなりません。殿様があなたに気づこうと気がつかなかろうと、あなたはまず、「申し上げます」と言わなければなりません。<中略> もちろん、それを言う時のあなたは、殿様の顔を見てはいけません。下を向いて、庭の土を見ているのです。なぜかと言うと、殿様が「目上の人」で、あなたが殿様よりずっと「目下」だからです。場所の上下を決めるのに「目の位置」を基準にするくらいの時代では、目下の人間が目上の人間の目を直接に見るなどということは、特別に許されなければ、まずありえないのです。(49-50頁)

 今の例は江戸時代ですが、このような「人のランクづけ」が始まったのは、聖徳太子が定めた「冠位十二階」が始まりだとしています。
 ただし、「目上の人」を意識して言葉を選ぶ必要があるのは、武士のあいだだけ、または武士が関係するときに限られ、農民や町民どおしでは自由に言葉は選べたということです。

 明治になって「武士」という階級はなくなったのですが、
──でも、千二百年以上も続いた習慣は、そう変わりません。「お侍様」はいなくなっても、新しく「政府の役人」が来ます。(73頁)

──「えらい人のすることを持ち上げる言葉を、なんと呼ぼう」と考えて、「尊敬の敬語」という呼び方が生まれました。(73頁)

 さて、時代は今、平成の世、先生があなたを職員室に呼びました。あなたは職員室に馳せ参じるのですが、生徒のあなたは先生より背が高い。
──だからあなたは、職員室の床に座って、そこに手をついて、「お召しによりまして参上仕りましてございます」と言わなければなりません。(39頁)
──もうわかったと思いますが、敬語というのは、古い時代の言葉なんです。だから、これをちゃんと正しく使いすぎると、時代劇になってしまうのです。「正しく使いすぎると時代劇になる。だから、いいかげんにテキトーに使え」というのが、現代の敬語なんです。「いいかげんであるほうが正しい」というのはとてもへんですが、でも現代の敬語はそういうもので、だからこそ、敬語はとてもむずかしいのです。 (39頁)

 「尊敬の敬語」は目下の人が目上の人に使う言葉です。一方、「参上」は自分が来たことを目上の人に伝える「謙譲の敬語」です。先にも言いましたが、「尊敬の敬語」も「謙譲の敬語」も目下の人が使う言葉ですから、「目上の人」がいなくなれば、どちらも使う必要のない言葉になります。
 つまり、敬語には3種類あるというものの、武士階級のように強制される階級がなくなれば、「尊敬」も「謙譲」も必要なく、残るは「丁寧の敬語」だけになります。そして、「丁寧の敬語」は農民や町民どおしでも使われていたのです。
 著者の橋本治は明確な結論を下していませんが、尊敬概念を含む敬語は使われなくなってもそれは時代の求めるところで、「丁寧の敬語」は今も必要とされている、ということではないかと思います。

 本書のもうひとつの核心は「丁寧の敬語」の説明です。
──現代で敬語が必要なのは、「目上の人をちゃんと尊敬するため」ではありません。「人と人との間にある距離をちゃんと確認して、人間関係をきちんと動かすため」(85頁)

山田利行 2005.2.19記す

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