連載:保育から「子育て」へ

こんにちは

 働いているから保育園に預ける、3歳になったから幼稚園に行かせる、最近では、働いている・いないという親の事情にかかわらずに利用できる「認定こども園」があります。こうした場合を「保育」とし、家庭で親が育てる風景を「子育て」と、ここでは使い分けます。「保育」と「子育て」で違うことは何か? 共通することは何か? と、考えながら、子どもの発達に必要なことを探究します。家庭の子育てで、すぐさま役立つことを心得ます。
──こうして考え、書き始めたのが 2019.1.28。以来5か月経ちました。考えなあかんこと、まだまだあるなあ~と思います。

山田利行 2019.6.21

目次
  1. はじめに ──「子育て」に目覚めて
  2. はじめに その2 ── 子育てと「規範」
  3. 両手に、砂を盛る
  4. 大家族を考える
  5. 父親の役割
  6. 毎日がドラマ、だから保育は楽しい。親はツライ。
  7. 保育は引き算、子育ては足し算。
  8. 3歳の自立
  9. 年齢の数で遊ぶ──「集団」の意味
  10. 子育てとジェンダー
  11. 絵本『ガンピーさんのふなあそび』MR GUMPY’S OUTING 1970
  12. 5歳の伸びしろ──落ちた幼鳥が飛ぶ
  13. みそっかすの4歳
  14. 細やかで応答的 / 愛があるから気分的
  15. 「なまえ」のこと
  16. 叱られる側で考える
  17. 感動を共有する、とは? ──共有と共感、そして寄り添うこと──
  18. 「先生」
  19. ※つづく
「こども」とは、だれか?
 家族4人。夫婦と子ども2人。その妻曰く「うちには3人の子どもがいる」と。その一人増えた子どもは夫を指す。これはジョークにしても、何をして「こども」というのだろう。幼児も中学生も親からすれば「こども」には違いない。小学1年生と6年生とでは「こども」だが同じに論じられない...

1: はじめに ──「子育て」に目覚めて

 「保育と子育て」。言葉の並びを変えることで、同じ内容に思えることでも見えてくる世界が違います。私は2008年から「保育と子育て」という命題を保育士養成校教員時代から思考してきました。2018年に認定こども園を辞め、保育の現場と距離をとりはじめてから「子育てと保育」と並び順を変えることにしました。
 変えた当初は、順序を変えたものの目指すことが特に変化したわけではありません。他の保育園を出入りしていることもあって、私の思考はまだまだ「保育」優先でした
 しかし、園外で子どもたちと接したり、園の内でなく、園の外で保護者たちと接しているうちに、「保育」優先は変わらないまま、「子育て」の意味を考えることに馴染んできました。
 子どもの「発達」を考えることについては、「保育=子育て」と等号で結べると思っていましたが、それは間違っていることを徐々に認識するようになりました。
 保育を優先して考えているときは、私がその「現場」にいました。現場でその経験を積みながら、あるいは研鑚しながら「保育」を考えていたということが、今更に気づくのです。理論に曖昧さを感じながらも現場をこなす、という感じです。しかし、現場を離れて「子育て」を考え、その保護者に納得のゆく説明をしようとすると、ごまかしがきかないのです。

 朝起きれば食卓の用意をし、食事をし、場合によっては乳幼児に食べさせ、自分の出かける準備をし思いを巡らし、学校へ送り出し、保育園に子どもを送り、やっと走りながら自分の用事に集中できる。子どもの迎えは省略しよう。こうした日常を繰り返すなかで通用する「子育て」の理論とは何だろうか。
 子どもにとって最も大切な人は、親だろうしきょうだいだ。どんなに先生が熱心になろうとも、子どもに慕われようと、親に勝るものはない。手垢のついた表現みたいだが、そうなんだ。
 そうやって、やっと私は目覚めたかなというのが、今の到達点です。連載として、続けて考えてゆきます。

2019.1.28

2: はじめに その2 ── 子育てと「規範」

 ものごとを考えるとき、言い方を変えると、何が正しくてそうでないか、となりがちです。子育てを考えるとき、子どものいのちとしあわせが最も大切でそれが目的ですから、それに反しない限り、すべてが正しいということではないでしょうか。「正しい」ことを押しつけられることは不愉快です。
 家庭での子育ては一人あるいは二人あるいは三人です。もっとにぎやかなおうちもあるでしょう。それでも、保育室の10人、20人ということはないでしょう。家庭での子育ては「もちあがり」です。保育室では年度ごとに先生が同じか違ったりします。ですから、保育室の先生にとっては「正しい」ことが必要かもしれませんが、家庭の子育てには必ずしも必要でないか、ある家庭では正しくてもある家庭では間違いかもしれないし合わないかもしれません。
 こうして考えると、「家庭の子育て」を「保育室の先生」に託したり、その逆もありません。このことはとても大切なとらえかたと私は思います。しかしこのことはとてもむずかしいことです。たとえば、行政は「子育て支援」の目的で様々な施策を行います。「支援」という意味は、主体は親(保護者)であり子どもです。あくまで行政は「支援」なわけです。
 「保育」の立場でものごとを考えているときは、できるだけ教条的にならないようにしているつもりでも、規範や理論を求めて、やかましくなりそうな自分に気づきます。「家庭の子育て」を柱に考え直したいと思っているので、しばらくはこういう”反省・自戒”をこめて論点を整理しながら進めようと思っています。

2019.2.8

「正しい」を疑う
 「だまされたい」と思う者はいないだろう。だまされぬように用心する。どんなふうに? だまされない処し方は、だまされてみることが最も確かな方法ではないか。だまされないよう身構えるのでなく、「まず信用しよう。この人にならだまされてもかまわない。」そういう信頼関係をつくりあげ...
確からしさループ
解説(一例) 情報を、◎受け入れるか ×拒否するか。「拒否」すると、それっきりで関係なくなる。受容で進む方向に「個人」がある。つまり、人それぞれ各人の判断による。図は、二次元で表現しているが、重層的に捉えることが可能。故人つまり過去、歴史上の人物などを仮想できる。...

3: 両手に、砂を盛る

 寄せては返す渚(なぎさ)は私の好きな場所です。風の強い日はご遠慮願って、夏はもちろん冬でも、波の音を聞きながら波打ち際にたたずむと膝を折って砂をすくってみます。
 両手で砂をできるだけたくさん、山盛りに、すくってみましょう。なるべくこぼれ落ちないようにすくいあげましょう。その手を、おとなの女でイメージします。男はすくえないのです。なぜ? あかちゃんの誕生です。
 砂はさらさらとこぼれ落ちます。落とすまいとしても、こぼれます。落ちてゆく砂も美しい。音を立てずに落ちてゆきます。「子育て」とは、すくった砂をこぼさないようにすること、と考えてみたいのです。
 すくった砂に「足そう」とするのが「子育て」になっているのが現実だと思います。足すほうが簡単で、足すこと=育てること、と考えることは無理ないと思います。けれども、「すくった砂をなんとかしてこぼさない」が「子育て」と提案するだけで、ハッと気づく人も多いのではないでしょうか。
 あかちゃんが誕生したとき、あかちゃんが無事に産まれたことをよろこび、同時に母が元気なことを確かめてホッとします。あかちゃんを抱いて「母」になった実感を、すぐさまかまたは時間とともに得られるのでしょう。「父」も安堵とともにそれを自覚することになるでしょう。ここでは、順番があるのです。母が先で父があと。だから、砂をすくうイメージのその手は「女」でなくてはならなかったのです。

 さらさら落ちる体感は養浜した砂浜では得られません。須磨海浜公園の砂浜は視界の広さを感じられる場所ですが、砂つぶは荒くて大きく気持ちよいとは言えません。ビーチサンダルに入り込む砂は、きめ細かい砂だと痛くなく乾くとさらさら落ちます。これも気持ちよいものです。しかし、荒い砂だと痛くて乾くのを待つよりも払ってしまいそうです。名の知られた海浜よりも、ひっそり静かな浜の砂が「子育て」に思いを寄せる砂に向きそうです。

2019.2.19

4: 大家族を考える

 2014年6月10日の午後、私は、石巻市北部、十三浜(じゅうさんはま)の仮設住宅団地に居た。太平洋の波が陸にあたる。この年の3年3か月前、10メートルを超える津波に遭った。眼下に見える海原から海面が山の中腹までせりあがってきた。漁船が山に突き刺さった。知り合いがいるわけでもなく、付近をさまよっているうちに、山奥の高台にある仮設住宅団地をみつけた。山奥の高台と表現したけれど、眼下は太平洋だ。これがリアス式海岸だ。
 団地の入り口にあった屋根付き集会所前のベンチにおばさんが数人、おじさんが一人いた。そのベンチに私も座った。年寄りの土地の言葉、会話は同じ日本語とは思えなかった。さっぱりわからない。95%がわからないと言ってもよい。私にも声かけしてくれた。その問いには応えられた。おばさんというよりも「おばあさん」と表現したほうがよいのかもしれないが、そこは遠慮でなく不明のままだ。そのおばさんたち、しゃべるしゃべる。といっても中身はさっぱりわからないのだが、長く居るうちになんとなくわかってくることがある。
 ──わたしらの流されてしまった家は、広かったの。息子の家(都会)みたいな狭いもんでない。仮設はせまいせまい。あんなとこ住むとこではない。でも、(流された家に)わたしのいるところはなかった。ごはんつくって、働いて、お客さんの世話をして、でも、わたしのいるところはなかった。これからは遊びまくってやる。男なんか、いらん。(みんなが大笑いする) もう面倒なんかみてやるもんか。自由にさせてもらう。
 一人いたおじさんはとばっちりをうけ、あらぬ方向をみていた。その気迫を受け、それだけで今ここにいる自分を感じとった。「女三界に家なし」を現実にした。

「大家族」と「核家族」という言葉をご存じですか。「大家族」は「三世代家族」と呼ばれることのほうが多くなりました。この変遷は簡単には論じられませんが、核家族の社会化を私は支持し受けいれています。戦後、子どもは核家族で育てられてきました。しかし、大家族で育てられてきた過去と比べて、子育てに何が必要で大切だったのか、その多くを置き忘れてきたと私は考えています。
 ──砂をすくうイメージのその手は「女」でなくてはならなかったのです。
 前回の末尾に記しました。母親というだけでなく女性の立場を時間軸で考察しておくことが「子育て」の前提になると私は思うのです。

2019.3.18

5: 父親の役割

 認可保育所をつくろうとしている園長と話しをしていて、父親の「保育園のファンクラブ」をつくってはどうかと提案した。豊中市のT保育園は上階に保護者や父親が懇談する専用ルームを設置していた。1970年代前半に活動を始めた「兵庫県自然教室」では親たちの参加を積極的に進めていた。父親だけの集まりを夜に開催して好評だった。
 窓ふきなどの掃除、遊具製作で父親の手を借りようという呼びかけはよくある。そうではなく、お茶会などで懇談をしようという提案だ。
 「火おこし(火熾し)」というイベントを私はときどきする。子ども向けで行うことから「昔遊び」のような捉えられ方をされがちだが、そうではない。古代に火をおこすことが日常だったとしたら、そのつど大変な作業だったとは想像できない。イベントでも火がつくときは3分以内だ。それ以上は体力がもたない。古代の人は日常生活はすべて体力が勝負だから、火おこしはたとえば1分以内でそれも体力をさほど消耗しないことだったのかもしれない。
 イベントで子どもが行った場合、子どもは小学生のケースが多い。火は熾らない。家族連れだと、スマホで記念写真となる。舞きり式という方式で、見守っているおとなは貴重な体験だと眺めている。しかし、なかなか火は熾らない。煙がたてばよいほうで、もうちょっと!と励ましているうちに子どもの体力はなくなってしまう。そして、ここぞと父親が登場する。母でなく父なのだ。こうして火おこしイベントは家族ぐるみとなる。父親の活躍で炎を見ることになれば、父の役割が見られて微笑ましい。
 あかちゃんが生まれた当初、父はおたおたと見守るしかない。妻を励ましたり、妻の負担を軽くしようと家事をさがし受け持とうとする。
 だからこそ、保育園に父を対象としたファンクラブがあり、お茶ときには酒を酌みかわわしながら、子育てを共有する場があってよいと私は思う。大家族から解放されて、では核家族でどうやって子育てをしたらよいのか。父の役割を根っこから考えて欲しいと思う。
 大家族時代、用事があって学校へ足を運ぶのは、父の役割だったという。しかし、当時のそれと、いま私が問うていることとは意味が違っている。

2019.4.4

6: 毎日がドラマ、だから保育は楽しい。親はツライ。

 「血湧き肉躍る」は青春だけではない。幼児期もそうだ。青春の毎日がもしそうだとしたら疲れて心身もたないだろう。だけど、幼児はへこたれない。眠気がさめたらドラマが始まる。泣き終わったら復活する。おはよーと声かけられて、さあ始まったと思える保育者は子どもが見える。ドラマにつきあえる仕事が保育。でもね、毎日はキツイと思ってしまうのが親(ですよね)。
 山あり谷ありのドラマではないけれど、遊びたい気持ちが押さえられない。そうしたドラマがゆるされる環境で子どもは育つ。砂場で遊ぶ姿は荒々しくないけれど、見立て遊び・ごっこ遊びにふける。絵本のページをめくるように、始まりと終わりのストーリーがある。あえて参加する必要はないけれど、そばにいてくれているだけでいいのだけれど、保育士や親がおとなが見守ってくれているだけで物語は進行する。いつまでもつきあえるのが保育者。そろそろ帰りたいなあ、帰ってすることあるしと思うのが親。
 雨降りでも、かさであそべるよ。テーブルがあれば、お絵かき、折り紙、本読み、なんだっていい。いっぱい遊んだら、片付けなくっちゃ。ルールを決めているのが保育者。結局、最後は私の役目と思ってしまうのが、親。
 親は大変だなあって思う。毎日毎日、際限がないのだから。ドラマの主人公、脇役、仲間に入りにくい子、それぞれの正確や発達のようすをフォローするのが保育者の大切な仕事だが、その期待に応えるには不断の準備が必要だ。これを楽しいと思えるかどうか。
 そのドラマはいつまでも続くのではない。小学5年生くらいになるとけっこう冷めてくる。早ければ、小学3年生あたりから偶発的なドラマを期待しないで計画好きになるかもしれない。きのうと今日、今日とあすの区別をつけようとするだろう。子育てのしんどさは、子どもにバトンを渡すことで軽減される。心配はいつまでもだが……。

2019.4.18

7: 保育は引き算、子育ては足し算。

 保育実習前、学生は準備に忙しいが、気持ちも張ってくる。保育室には20~30人の子どもがいる。子どもは「お客さん好き」なので、保育室に入ったとたん「なにしにきたん」と声が飛び交うと同時に、子どもたちが取り巻く。正確に記述してみよう。
 じつは、みんなが寄ってくるのではない。幼児であっても、彼らは時間を無駄にしない。遊んでいる最中、佳境さ中の子は寄ってこない。せいぜい首を向けて(誰か来た)と思う程度だ。他人になつきにくい子も来ない。まあ、半分だ。その10人程度のうち、必ず誰かが手をさわりにくる。膝に乗ってくる。手は2つ。ひざも2つ。4人定員で満員。手をつないだ子、ひざに乗っている子。この子らは、みなくてよい。だから10-4=6をみればよい。引き算なのだ。20人いるクラスでも、10人は遊びをやめず、寄ってきた子のうち4人は預り済みだから観察したい子は6人になる。このことを実習期間のあいだに気づけば合格だ。
 さらに上等なことを言えば、遊びをやめてまで”おきゃくさん”に寄ってくる子は、遊びが十分でなかったと推察できる。これをヒントに、子どもとやりとりを加えることで、保育者として今すべきことは何かと思いが馳せればさらに合格だが、初心者に望むのは無理だろう。観察すべき子をみつけるのは引き算なのだ。
 親に引き算を求めるのは、むずかしい。うちは放ったらかしよ、と言いながらも、気持ちは足し算だ。引き算を誇れる親は少ないし、引き算がよいと勧めるのではない。保育園に子どもを迎えに行き、そのとき、子どもが求めていることは、親の足し算だ。保育士が所詮親になれないのは、こういうことだ。私の考えでは、小学3年生になったら、親は引き算の練習を始めて欲しい。それまでは、足し算だけでよい。
 出産で我が子を抱いたとき、出会ったとき、足し算以外あり得ない。足し算で始まる子育て。何をしてやっても足りない思いがつきまとう。子育ては足し算だから。蛇足だが、抱き癖というのがある。これは、引き算思考だ。気にしない、気にしない。抱き癖、けっこう。子どもは足し算を求めている。
 かわいい子には旅をさせよ、の成句がある。まさに「旅」が引き算を表している。

 ところで、子育てが足し算であるのなら、保育も足し算が正解でないか。引き算で観察すべき子をみつけてからは、足し算ではないか。否、保育士ひとりあたりの受け持ち人数が多すぎるからではないか。もし、保育士1人に担当する子どもが1人ならば、足し算でよいではないか。たとえば、5歳児であっても、子ども5人に保育士が1人だったら、これも足し算でよいだろう。集団の人数としては少ないならば、10人に2人、15人に3人ではどうか。

2019.5.13

8: 3歳の自立

 満3歳では、自力でどれくらい歩くのでしょう。300メートルほど歩くと抱っこをせがむこともあれば、延々と1キロほどを歩くこともあります。興味次第ということでしょうか。2キロの道のりを歩いている”3歳児”とつきあったことはありますが、満年齢は4歳だったかもしれません。上述とは別の、同じ3歳児が500メートルを歩いたとき、楽しかった思いを込めて「〈遠い〉ところへ行った」と誇らしく話しました。
 〈遠い〉という言葉を発しても〈近い〉という表現を私は聞いたことがありません。保育士(おとな)がつかう言葉をその意味するところでわかっているのでしょう。しかし、対語としての〈近い〉はまだのようです。声かけの大切さを悟ります。
 保育園など集団で歩くとき、先生が手をひくには限りがあります。手をひいてほしいけれど、明らかに遠慮している子がいます。一つのてのひらに2つの可愛い手が寄ってくることもあります。お互い、歩きにくいですよね。おしゃべりしながら歩きますが、抱っこをせがむ子は、まずいない。しかし、親子だとそれはあっという間です。50メートルも歩けば「抱っこ!」。ベビーカーが目に入ればなおさらですが、ベビーカーに手荷物が乗っていれば子どもは歩く。あるいは、ベビーカーを押すお手伝いをする。気分屋さんで、じつは歩くのも楽しい。
 3歳、ひとりや友達といるときは平気で歩いてすごすのに、親がそばにいるとなんでもしてもらいたい。靴もはかせてもらいたい。服も着せてもらいたい。でも、自分で靴もはけるし服も着られる。お手伝いも好き。自立をお手伝いするのが、おとなの役割かなと思います。

2019.5.23

9: 年齢の数で遊ぶ──「集団」の意味

 ゼロ歳は母の世話になり、1歳では1人で遊ぶ。2歳では誰かと対になって遊ぶ場面が見られる。3歳になると3人で遊べるようになる。自分を含めての数なので、3歳では2人の友達と遊べるということだ。2歳の対になっている相手は「友達」とは呼べない。しかし、3歳になると、だれそれちゃんと名前を呼ぶことをしながら、友達らしくなってくる。
 園庭では多数の子らが遊んでいる。集団で育つとはいえ、よく観察すると一人遊びしている子がいる。遊び仲間を作っているとはいえ、目安は年齢だ。〈年齢の数で遊んでいる〉。4歳なら4人。5歳なら5人。まさか、そんなマニュアルのように遊んでいるわけではないが、必ずしも多くない。5歳の5人はメンバーが変えながら、それなりの集団を為している。
 興味深いことは、泥だんごを作る遊び。「ひとり遊び」に泥だんご作りはカテゴリーされるかもしれないが、これも園庭をよく観察してほしい。砂場の端、園庭の隅っこ、花壇のあるところですわりこんで泥だんごを作っている。そして、1人ではなく、なぜか2人、3人が寄り添って作っている。競い合っているふうでなく、楽しんでいるようすだ。視野をひろげると、泥だんごに興じているグループはほかにもいる。一箇所に集中せず散らばっているが、それぞれが3人程度のグループを為している。
 友達はどのようにして得られるのだろう。子ども同士、幼児のあいだの人間関係はどのようなしくみになっているのだろう。それは研究者におまかせするとして、泥だんご遊びにあるように、一緒にいる時間の共有が大切なのかもしれない。共有という意味では、10人、20人という集団生活にも大切な意味が含まれているのかもしれない。

 幼児だけの遊び集団は、保育園など特殊な場合に限られ、大きいお兄ちゃん・お姉ちゃんに遊んでもらっているのが、幼児だ。5人程度で鬼ごっこをしてもつまらない。10人くらいだと遊び集団にリーダーの役割が必要になってくる。小学生が主体の場合、リーダーの力量次第で集団の大きさが決まるということか。

2019.6.12

10: 子育てとジェンダー

 私の見ている「赤」とあなたの見ている「赤」とが同じでないとしたら──。何で得たヒントか覚えていないけれど、それは男性が見ている「赤」と女性とでは違う、というものだった。「赤」という言葉は共有できるが、彩度・明度など微妙に違うということだろうか。以来、自分(男)の世界と女性が見えている世界とは違うのだろうかと思うようになった。

 『変化球男子』(ヘネシー作)に触発されて『13歳から知っておきたいLGBT+』(アシュリー・マーデル)を読み、「生物学的性」に支配されている私に気づいた。女性に近い男性もいるし、男性に近い女性もいる。これだけなら驚かない。むずかしい議論になるのでどう説明したらよいか戸惑うが、直線的なグラデーション(スペクトラム)だけでなく、ありとあらゆるそれこそ「みんな違ってみんないい」の世界だ。これ以上、世界を広げないで話を進めよう。そして、このことを前提にして、男性・女性をつかう。
 子を産み、乳を与え・抱き・語り、おむつを替え、遊ぶ。子育ては、男ではなく女に適性があるのでは、という私のベクトルは変わらない。このシリーズ5回目に「男の役割」を書き、3回目でも男女の役割を記した。その脈絡を変えないまま、生物学的性を否定して、「女の子育て」に限りなく近い「男の子育て」があってもおかしくないと考えるようになったことを、記しておきたい。いや!これも直線的思考だ。人それぞれあっていい。
 幼少期の子ども、その男女、かかわるおとなの男女についても同様だ。子育てのクライアントではあるけれど、”自分”とかかわってくれるおとな、あるいは同年齢の友達との関係、それらを2分法の男女でみてしまうことには注意を払う必要があるかもしれない。

2019.6.21

11. 絵本『ガンピーさんのふなあそび』MR GUMPY’S OUTING 1970

 ガンピーさんは、ふねをいっそう持っていて、お出かけしました。男の子と女の子が寄ってきて「つれてって」と言いました。ガンピーさんは「けんかさえ しなけりゃね」と言って、のせてあげました。ふねは進みます。こんどは、うさぎさんが乗せてとお願いしました。「いいとも。とんだり はねたり しなけりゃね」と言って、お客になりました。次に〈ねこ〉。ガンピーさんは「うさぎを おいまわしたり しなけりゃね」と忠告しました。お客は次々増えます。〈いぬ〉〈ぶた〉〈ひつじ〉〈にわとり〉。なんと!〈こうし〉も。〈やぎ〉も。

 ラチョフ『てぶくろ』も、たくさんの動物たちがお願いして次々と入れてもらいます。不思議ですが、入れるんですね。子どもの素敵な世界です。無理だと思っているおとながいたとしたら、それは間違ってますよ、ほんとに入れるんですから。私は大好きなお話しです。

 ガンピーさんとお約束したのに、みんなは楽しくって忘れてしまいます。

 やぎがけっとばし……
 こうしがどしんどしんあるきまわり……
 にわとりたちがはねをぱたぱたやり……
 …… ……
 …… ……

 とうとう、ふねがひっくりかえります。さて、どうなるのでしょう。みんな、ずぶぬれ。

 …… おひさまにあたって、からだをかわかした、とさ。
 ガンピーさんは言いました。
 「そろそろ おちゃの じかんだから」
 おちゃの時間を楽しんで、ガンピーさんは最後に言いました。
 「また いつか のりにおいでよ」

 1976年、ほるぷ出版から刊行され、今も購入できます。ジョン・バーニンガム作。

 こうして、見守られて、子どもは育つ。

2019.7.1

12. 5歳の伸びしろ──落ちた幼鳥が飛ぶ

 3歳、4歳は親から離れて、園や祖父母の家でひとり泊まりはまだ難しい。でも、5歳になるとドキドキ、初の体験になる機会になるかもしれない。

 ツバメやヒヨドリなど、羽がそろってきている幼い鳥が路上にいる場面にでくわすかもしれない。さわらないで! 人間の匂いがつくから。でも、猫に襲われるかもしれない。そんなときは、猫を見張って幼鳥の番人になろう。何かの拍子に巣に戻れなくなったと推察される。ということは、巣が近くで親鳥もすぐ近くにいる。親鳥は我が子を探しているはずだ。そして、我が子を見つけると「ピヨ!」「ジュジュ!」と声をかけ、親を見つけた子は、なんと自分で飛べる!

 5歳になると、なぜか階段を2段跳びするような成長のしかたをみせる。実際、2段跳びするかどうかは、親鳥の呼びかけと同じだ。保育ではこれを援助という。3歳、4歳でも2段跳びするかもしれない。しかし、この時期は、「できるよ!」と親に見て欲しいから。5歳のときは違う。親に見て欲しいのは同じだが、〈できるような気がして〉やってみようという内面の発達が自身を行動に促す。だから、〈できるような気がして〉を確かめる結果となり、親に見て欲しい以上に自尊心が育まれる。

 〈できるような気がして〉──これを主体性という。主体性は、自身で気づくこともあれば、おとなに促されて〈やってみようかな〉と気づく。友達のしていることを自分もしてみたいと思うようになる。つい先程まで、ザリガニがさわれない・さわりたくないと態度でも表していたのに、友達の初めてさわれた体験を目の当たりにして、意思とは関係なく「さわりたい!」と声を発してしまう。5歳の伸びしろは、自身の意思から有効になるだけでなく、友達や、親・おとなの働きかけ(援助)から大きく影響を受ける。

2019.7.31

13: みそっかすの4歳

 なんでも自分でやりたがるのは3歳の特徴でしょう。自己中心の気分屋さん。しかし、4歳になると周囲を観察するようになる。1歳でも、大きいおねえちゃんやおにいちゃんがしていることをじっとみていて、真似をしようとする。でも、それとは違う。〈同じこと〉がしたい。今ではあまり見かけなくなったが、まちなかで遊んでいる子どもの集団に幼い子がひとり・ふたりとまじっていた。鬼ごっこで逃げまどうなかにいたその幼い子は4歳や5歳だった。私が子どもの頃は、彼らを「たまご」と呼んだ。遊び始める前に「たまご」を宣言してもらう。つかまっても鬼にならなくてすむ。子どもの遊びを書いているエッセイなどでは「みそっかす」縮めて「おみそ」というのもある。
 みそっかすとして子どもの集団にデビューするのが4歳ということになろうか。異年齢保育を保育園で実行すると、3歳・4歳・5歳をさす。しかし、かつて普通にあった子ども集団の年長者は、小学校の高学年がいた。私には、やさしい6年生くらいのおねえちゃんが思い出される。「たまご」と宣言してくれたのは、大きな男の子だったような……。だから「5歳」が異年齢の最年長ではあるけれど、園では先生がその役を引き受けることが肝要ではないか。異年齢保育のむずかしさはここにある。
 別な角度から考えると、敢えて3歳・4歳を交えなくとも、先生が常に遊び仲間の年長を演じることができれば、5歳児クラス単独で異年齢保育は実現する。
 つまり、みそっかすの呼称は侮蔑的だが、出来る・出来ないを包含して、仲間に加えるというやさしさ、あるいは掟(おきて)を学ぶ輝かしいスタートなのだ。

2019.8.16

14: 細やかで応答的 / 愛があるから気分的

 親にとって保育園との出会いは、親の都合で子どもを預ける先の選択結果だろう。2015年4月からは幼稚園と保育園のほかに「認定こども園」(名称としては2006年からあった)が加わった。制度としてはそれらの違いを行政は説明をしたが、実際の現場は混乱した。それまでの「保育に欠ける」が「保育を必要とする」と入所条件が変わり、「教育」を目的とすることには、幼稚園に対して認定こども園が加わった。幼稚園が認定こども園に移行するときは、「教育」プラス「養護」になった。これらはすべて”おとなの都合”だ。
 6歳の小学1年生は、公立・私立の違いはあっても受ける教育は同じだ。しかし、5歳の幼児は、親の都合で行く先が選択され、受ける教育(養護)も同じとは言えない。義務ではないから極めて少ないが、無就園児も存在する。
 とはいえ、私は「認定こども園」に希望をもっている。働いている・いない、という親の都合でなく、子どもに必要な教育の機会を包括的に設定できるのが、認定こども園だから。理想に近い実現には10年以上まだかかるかもしれない。それの肝腎かなめは、お客としての子どもでなく、主体者としての位置づけだから。言い換えれば、子どもを主体者としてとらえるのに、10年はかかりそうだということだ。「細やかに応答的」──子どもの心身を細やかに観察し、必要な援助をタイミングよく応答するということになる。
 今回は、少々むずかしくなってしまった。親にしてみれば、細やかに我が子につきあっているし、”後ろ姿を見て育つ”に強迫されて、いつも模範でありたいと思う。「細やかに応答的」は保育を職業としている専門家が目指すことであって、親に対してではない。子どもと向き合うとき、親の場合、「愛があるから気分的」でよいのではと私は思う。愛がないより、愛のあるほうがよいに決まっている。園に素敵で好きな先生がいても、お迎えがきて親の顔が見られたときがやっぱり幸せ。いちいち応答するようなモノサシで測ったような暮らしでなく、出たとこ勝負の気分屋で十分。親子だからわかり合える・感じられる。家庭ではしっかり甘えたい。甘えてくるから、愛らしいし、めんどくさい。

2019.8.23

15:「なまえ」のこと

 「名」は「夕」と「口」から成る。ある辞書には〈夕方の暗やみで、人に自分の名をなのることにより、「な」の意を表す〉とある。そしてこの説明は多くの子ども向け学習辞書にもある。しかし、白川静の発見と研究によって、まったく違う説明がされている。
 まず「口」は「(顔の一部)くち」ではない。「器(うつわ)」の象形文字で、上部にくぼみがあったが、くぼみがなくなり四角い「口」になってしまった。「くち」ではなく「さい」の読みがあてられている。「夕」は「肉」の意味。うつわ(さい)に肉をのせた形が「名」だ。
 古代中国では、子は〈神からの授かり〉だった。生をうけてときがたち、名をつけるとき、親は神に感謝し、つけた名とともに肉をささげた、ということらしい。つまり、名づけることは神聖だった。
 1歳を待たずして名を呼ばれると振り向く。声かけのなかに自分の名があり、自分と同一になる。そして、フルネームで呼ぶと「はい!」と可愛い手があがる。わたし・ぼくという一人称はつかえず、自分の名がそのまま一人称になる。これは小学校に入学しても続くことがある。
 「これはだれのかな?」と呼びかけるようにして問うと、所有者自身が「○○のん」と名をそのまま言って応える。「そうなの、わたしのね」「よかったねえ、ぼくのね」と声かけをそえることで、すぐにつかえなくても、わたし・ぼくを習得できるようになる。
 遊ぶことで、「おともだち」「みんな」など人間関係を表す言葉が身につく。名を呼んだり、集団を表す言葉を覚えたりして、「ひと」としてのかかわりを覚え、その中の自分を自覚するようになる。自分に名があるように、ほかの生きものや物に名があることも容易に覚える、多少の間違いはしばしばだが。

漢字(白川静)で考える子育て
よく知られる漢字の、もとのかたちです。漢字は何でしょう? 「流」から黄枠を取り出してみましょう。それを天地逆転すると「子」になります。「流」の漢字には「子」が含まれている、ということですね。 「流」を逆さにすると「子」はもとにもどりま...

2019.9.2

16: 叱られる側で考える

 子どもに、おそらくおとなに対しても、上手なほめ方はあっても、上手な叱り方はない。叱り方は下手でよい。叱り方に自信はなくてよい。
 ところで、叱られたいと思ったり、叱られてもよいと思った経験のあるおとなはいると思う。叱られて、その先、どうして欲しいのだろう。叱られる時間はできるだけ短いほうがよい。一瞬、ひとことでよい。そんな叱られ方だったら、叱られたい。
 子どもは、叱られたいと思うだろうか。たぶん、思わない。しまったと思ったら、ごまかすか逃げるだろう。上手な叱り方はないのに、上手な叱られ方は、子どもにとってあるのだろうか。
 タイミングよく叱られた子どもは、舌をだす、くちびるをかむ。一瞬にして「ごめん」と返す。つまり、対話なのだ。言い換えると、対話を成立させるタイミングがあったときのみ、叱ることができる。
 一概には言えないけれど、後でじっくり叱られるのがたまらない。対話になりにくいからだ。内省というのは、言葉になりにくい。内省を内言と言い換えると、内言を外言として表現できるようになるには時間がかかる。おとなになるまでかかるかもしれない。
 先のこたえを記しておこう。一瞬、ひとことで「叱られたい」と思うとき、それは結果で気づくことだが、行動(思考)を外からの力で止めて欲しい、と無自覚ながら秘めている飛躍のときだからか。
 おとな(親)が自分の思い通りにならないから、子どもを叱る。言いにくいけれど、これはできるだけ避けよう。対話が成立するかもしれないとき、おとな(親)の思いを伝えたいチャンスかもしれない。これを「叱る・叱られる」というならば、受け入れたいと思う。

2019.9.19

17. 感動を共有する、とは? ──共有と共感、そして寄り添うこと──

 倉本聰の脚本ドラマ「やすらぎの刻(とき)」を昼にみている。そこで出会ったセリフ。「女に本気で恋したことがあるか!」に続けて「感動を(女と)共有したか?」と爺さん同士の会話。「やすらぎ」は〈やすらぎの郷(さと)〉のことで余生を送る人たちのホームであり、そこで織りなす人間模様が描かれている。戦時下の暮らし体験をまじえ、倉本聰の渾身をみる思いがする。
 ドラマのこれからも楽しみにしているが、「感動」は共有できない──と、私は言いたい。「言語(言葉・会話)で説明できない」から感動する。説明できる言葉をもってないから、感動という情動が内的に発生する。感動を体験したときから、その感動をなんとか説明してみようという内的な言語活動が始まる。過去の似た体験で説明しようとする。または、新たに言葉を創造してみようとする。
 このことは、個人の一人にのみ特定して発生することで、これを共有することはできない。もし、共有があるとすれば、感動が発生している個人Aに別の個人Bが共有ではなく「共感」していると考えられる。
 子が、あることで驚く。これを感動している状態とすれば、おとな(親)が共感することで一体感を生む。誰かの助けではなく、自分ひとりで達成できたとき「見て!」と近くにいるおとなに認めて欲しい。ほめて欲しいのでなく、喜びを共有して欲しいと表現してよいと思うが、その実現のためにおとなが共感できる必要がある。
 共感とは、思いやり、「(他者に自分を)ゆずる」=寄り添うというやさしさの情動であり、「感動」への尊重と思う。感動によって、言葉が内的に発生するので過剰な言葉かけは無用だ。
 ところで、映画鑑賞で感動をしばしば体験する。映画はテーマがあり、そのテーマを共有する可能性がある。そして、テーマに同調したとき、同伴者がいれば、感動を共有したと言えるかもしれない。とはいえ、その感動のしかたは人それぞれであり、共有ではなくやはり共感がふさわしいと思う。

《3つの体験》& ハートスケール
 我が子には、たくさんの体験をさせたいと思う。小学生も高学年であれば、どこかに出かけたり、教育施設の体験プログラムなどに参加させてみようかと思う。幼児では、親が連れ出して一緒に遊んでみようと思う。「体験」はさまざまな場面で多用されるが、本稿では、体験を《3つ》に定義して...

2019.10.1

18.「先生」

 3歳の幼児に「センセー」と言わせる。すぐに馴れ、当の先生もニッコリ受けいれる。これをとやかくいうつもりはない。呼び名や呼称は対応するものがあれば、実用や慣習として通用し、便利だ。1970年代後半、私が初めて着任した保育園では、なんと呼び捨てだった。つまり私は「ヤマダ」だった。学園紛争や紅衛兵の影響を受けた男の先生がその園にいて”革命”だった。当時は、「保育士」ではなく「保母」が職業名で女性の仕事だった。男性は全国的にも珍しい存在だった。今通っている保育園では、姓名のうち名を呼ぶ。○○ちゃん。園長も主任も名で呼ばれる。そして、必要があって〈先生〉を使うときは〈おとな〉という。
 小学校は別のルールがあってよいだろう。乳幼児に、礼儀やしつけ、あるいは尊敬の念を身につけさせようとしても”発達的”に無理がある。卒園式で園児が大きくなったら何になりたい、を問うとき、ケーキ屋さんになりたい、サッカー選手になりたい、に続いて、「保育園の先生になりたい」と言う。それは先生を敬愛しているに等しい。
 私は「先生」と呼ばれることには馴れないというか抵抗があった。2008年、保育士養成校で専任となり、学生からも業務上からも「先生」と呼ばれることしばしばとなり馴れてしまった。でも申し訳すれば、”先生業務”に限って欲しい。と言いながら、私の使用法では、時と場合で使い分けている。親しいとき、親しくなりたいとき、「○○さん」または「○○さま」としているが、そうでもないときは尊敬を含めて「○○先生」となる。むずかしい……。
 兵庫県北部、日本海に接する旧・香住(かすみ)町から山奥へ、三川山(みかわやま 888m)の麓に小学校の分校を訪ねたことがある。生徒が2人、先生が1人だった。学校で面会したのだが、じつは親子だった。母親とともに通学し、学校で暮らす。学校では”先生”を「先生」と呼ぶことなく、”先生”は我が子をどう呼んでいたかは覚えていない。それからまもなく、分校は廃校となったと伝え聞いた。

(つづく)
山田利行 2019.10.15 連載中
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