あかちゃんの〈指さし〉

 『指さしと相互行為』(安井永子・杉浦秀行・高梨克也/編、ひつじ書房 2019年)を兵庫県立図書館でみつけ、「子どもの発達研究における指さし」の章を読んだ。本書の〈指さし〉とは、乳幼児だけでなく、おとなの同じ行為をも示す。
 あかちゃんの〈指さし〉については、過去、発達研究が進んでいることとその事例は多くあるという。とはいえ、本書に限って結論をいえば「研究の歴史は短く、扱うべき研究領域は広大」とし「研究がまだまだ不足している」としている(p56)
 まだ一人歩きできないあかちゃんが、抱かれているとき、座っているとき、あかちゃんの〈指さし〉に出会い、「ん? 何かな?」と考えさせられたおとな(親)は多いと思う。
 指さしの動作は、人さし指で〈指さし〉しているか、注意深くみれば人さし指だけでなくほかの指も動き、結果、てのひらで指しているようすでもある。

──乳児は生まれてすぐ泣くことを通じて環境に働きかける。そして生後1ヶ月目の半ば頃からは、乳児と養育者の間に泣きやむずかりという不機嫌さを媒介にして、さまざまなニュアンスを備えた原初的なコミュニケーションが成立し始める。いいかえれば、養育者はその解釈活動を通じて乳児の「欲求」や「要求」をその乳児と間身体的・間主観的に構成し始める。そして乳児は次第に、養育者に体勢や注意を向ける先をナヴィゲートされ、注意を増幅されながら、外界を見たり聞いたりすることを学んでいく。〈略〉 生後4~5ヶ月頃には目の前の物を見つめ、それに手を伸ばしてつかめるようになる。この時期の乳児はまだこうした手を伸ばすことに特別にコミュニカティブな意味があるとは自覚していないが、周囲の養育者はこれをしばしば意味を持った身ぶりとして知覚する。
 〈略〉「対象の共同化」では対象それ自体が自己と他者の間で間主観的なものとしてテーマ化される。対象の共同化がさらに広がることで、共同化された対象が存在する「共同化された対象世界」および同型的な身体を持った「自己」と「他者」という、互いに依存しあった概念として3つの項が成立するようになる。この3つの項をつなぐ道具としてのその社会で分け持たれている「ことば」があらわれてくるのはもうすぐのことである。──(p47-48 執筆者:高田明)

──Povinelli,Bering,and Giambrone(2003)は、霊長類の中では唯一ヒトだけが身ぶりとしての指さしを用いてコミュニケーションを行う種であると論じている。〈略〉 Povinelli ら(2003)は、あるチンパンジーやヒトが指さしを行ったと判断するためには、そのチンパンジーやヒトが、自己や他者は注意、欲求、知識、信念といった心理学的な状態を持つと認識していることが必須だと考える。そして、Povinelli らのグループや他の霊長類学者が精力的に進めてきた実験研究を見渡しても、チンパンジーがこのような認識をしていることを示す確固たる証拠はない。──(p53 執筆者:高田明 )

山田利行 2019.10.8記す
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