子どもの、行動半径と世界観

 「行動半径」という話をしよう。もとは軍事用語で軍艦や軍用機が燃料補給しないで往復できる距離の片道のこと。これが社会生活に転用され、知的空間または地理的範囲(距離)につかわれる。これを、子どもに援用しよう。
 かつて、子どもの行動半径は500mあったという。それがやがて100mになった。「かつて」に根拠が得られず、1955年頃から10年間と私は推測している。これを基に児童公園(現在では街区公園の呼称)が計画配置された。法律で定められ全国に児童公園が整備されたが、子どもの遊び場に供する目的だったが、さて出来上がると子どもの姿が少なかった。それで調査したところ(誰が調べたのかわからない)子どもの行動半径が100mになっていると私は知った(これもどこでまたは何で知ったのか思い出せない) 子どものとき「遠いところ」と思っていたのに、おとなになってみると「近い」と気づいた経験は誰にもあるだろう。

 ところで、今子育て中の親たちは1980~1990年とその前後に生まれた人たちだろう。すでに行動半径が縮まってしまった世代だ。だから、以下説明に迷う。実感が伴うだろうか?
 500から100は5分の1だが、半径が示す面積では25分の1となる。子どもは500mまたは100mを遠いと思う。それがおとなになると近いと感じるようになる。空間認識=世界観がおとなになることで拡がるということだろう。さまざまな(楽しい・怖い・おもしろい)体験を積みながら世界観が拡がる。子どもからおとなになる過程ではなく、その出発となる〈子ども〉は時の流れとともに同じ〈子ども〉でない。かつての子どもの世界観は、その後に25分の1になった。
 不登校・いじめなど、子どもをとりまく環境の要因は、行動半径の変化も影響しているのではないか、と思う。

 では、どうしたらよいのか。日本の住宅事情やその配置、生活や消費(清潔志向・商品物流を含め)は均質化され、世界観を醸造するには負の効果でしかない。子どもの発達を促す環境は貧しくなり、子どもの自力では無理だ。親の休暇でもって、環境の違うどこかへ連れ出すしかない。均質なテーマパークを控えめにして、たとえば閑静な田園で五感をフルに生かせるときをすごすことが求められると思う。

2021.1.8加筆
山田利行 2020.8.15記す
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