“動物”として生まれた人間

❖地球に人類が現れるそのずっとずっと昔

バージニア・リー・バートン*1『せいめいのれきし』によると、今より6600万年の昔、地球に小天体がぶつかった。小さいとはいえ直径は10kmを超えていた。メキシコの地上部に激突。土煙が地球を覆って太陽を隠し、気温がさがり、動植物の世界に大変動が起きた。恐竜は絶滅した。と、されていたが、近年の研究では一部が生き残りやがて鳥類になったという。

うんと遡って、「46億年の昔、わたしたちの地球は、まっかにもえた火の球でした」(『同』)。火の球が冷え、かたちある生命*2が登場したのは1億年前。そして、「あたたかい、あさい海で、生物の進化はつづきました」とある。満ち干のある渚で、いのちが育まれていた。人類は、まだ現れていない。(「いのち」の起原については……「38億年も前の大昔に生まれた一個の細胞です。」中村桂子著『たくさんのふしぎ傑作集』より)

❖人類が現れる

空気を生む植物、植物を食糧とする草食動物、草食動物を食べる肉食動物など、地上や海では壮大なドラマが演じられ、DNAの更新が限りなく繰り返された。

二足歩行し火をつかう人類が現れたのは1万1000年前。ゴリラ、チンパンジー、ボノボは人間に近い*3とされる。いきもののそれぞれに近縁種があり、種は異なっても連続し関係し合っている。いきものが織りなす生態を記録した映像ドキュメントは、その不思議や絶妙なしくみで、みる人を魅了する。

わたしたち人間が想像できる時間の長さとはどれくらいだろうか。人類の歴史を遡ってもせいぜい1万年。「にんげんは、ついさいきんあらわれたにすぎない」(『同』)。

❖「かわいい」と思わせる能力

生命の連鎖、紆余曲折いろいろあって、地球上どこでも人類が子孫をのこす行為は同じだ。結果、生まれ出たあかちゃんは「おぎゃー」(日本人の表現)と、うぶごえを発する。母の胎内から、光と空気に満ちた世界へ移動した。霊長類ヒト科に属する動物の誕生だ。おめでとう。

人間のあかちゃんはすぐに歩けないけれど、それにはわけがある。1年後に歩けることから、「1年早くうまれた早産」(アドルフ・ポルトマン*4)ともいわれるが、だからといって何もできないのではない。

あかちゃんはかわいい。「かわいい」と思うのは、あかちゃんを見守る周囲の目だ。つまり、自らを「かわいい」と思わせて保護を受ける能力をあかちゃんはもっている。オキシトシンというホルモンが、母の体内に増えるという。育児に熱心な男にもオキシトシンが存在するらしい。オキシトシンには「幸せホルモン」という別称がある。

❖ヒトだけが発する「うぶごえ」

うぶごえを発するメカニズムは次のとおりだ。胎内では、肺は羊水で満たされている。産道をとおるとき、肺が圧迫され羊水が排出される。代わりに空気が入る。これによって、うぶごえが出る。では、人間と同じ哺乳動物の、犬や猫ではどうか。牛の牧場主にたずねると、産まれ出てくるとき口から大量の羊水は出てくるが、うぶごえを聞いたことがないと話す。では、人間の場合、なぜ、うぶごえを出すのだろう。

うぶごえを聞いたおとなは、あかちゃんが「ないた」と表現する。しかし、新生児の「なき(泣き)」には涙が伴っていない。大粒の涙を流すのはもっとあとのことだ。あかちゃんが「ないたら」、おなかがすいたのか、おむつをかえてほしいのか、だっこしてほしいのか、おとなは想像するほかない。呼気とともに鳴動しているにすぎない音がやがて言葉を生む。

❖新生児は映像ライブラリーの仲間入り

うまれたばかりのあかちゃんは光を感じることがやっとで、視力といえるほどのものはない。乳腺フェロモンを嗅覚としてかぎわけ、おっぱいにたどりつくらしい。あかちゃんは自らの五感をフル動員して生きる。

あかちゃんは何もできないのではなく、周囲の関心を自分に寄せる優れた能力をもっている。地球上のいきものが映像ドキュメントでみせるように、人間の新生児も映像ライブラリーの仲間に入れられるべき進化を遂げているのだ。

かくして人間は”動物”として生まれた。その”動物”が二足で立ち「考える」ときが1年後にやってくる。”動物”から”人間”に変身し、才気をさらにみがく。


脚註
*1 バージニア・リー・バートン(1909-1968)……アメリカの絵本作家。『ちいさいおうち』は有名。『せいめいのれきし』は、1964年に岩波書店から刊行され、50年後の2015年に改訂版となる。

*2 かたちある生命……「小さい細胞や微生物の化石」は25億年、砂・砂利・粘土の堆積層からみつかっている。ここでいう「かたちある生命」とは海底に棲む三葉虫のこと。(『せいめいのれきし』より)

*3 人間に近い……DNAを比較すると、ゴリラ・チンパンジー・ボノボと、人間とでは98%以上同じ。科学そして事実に基づいたフィクション『ボノボとともに 密林の闇をこえて』(エリット・シュレーファー作、福音館書店、2016年)を優れた読み物としてお勧めします。

*4 アドルフ・ポルトマン(1897-1982)……スイスの動物学者。『人間はどこまで動物か』岩波新書1961年。

(終) 山田利行

  • 改訂履歴
    • 2017.8.26 一部、改稿。
    • 2017.6.4 初稿