保育士養成校 担当科目「自然と外遊び」

 保育士資格(幼稚園教諭免許)は、保育園・幼稚園・認定こども園など乳幼児を対象とする施設、障碍者施設・児童養護施設・乳児院などで働くに必要となる。乳幼児を対象とするため、《遊び》については十分な理解が必要である。「外遊び」と称して、野外活動に特定して《遊び》を扱う。野外体験を求められるため、座学のほか実践的な演習を行う。

山田利行(講師) 2020.3.10

講義概要 syllabus 神戸こども総合専門学院

子育てを、歴史に学ぶ ...人物相関図
 ジェンナーによって人類は天然痘を克服した。これを境に子どもは死なない存在となり、子どもの未来を考えるようになった。社会の関心事に「子ども」が加わった。 それは、子どもを対象とした研究の始まりでもあった。 網羅を目指したのではなく、関心を抱いた人物を並べていくと、19世...
野外における体験活動保育 運用指針(ひな形)
── 野外体験活動保育マニュアル ── 【*】印は、さらに詳細な規定等が必要。後段に表記。 1: 総則 1-1. 定義 野外における体験活動保育(以下、野外体験活動とする)とは、施設の敷地外を活動の場所とし、散歩など軽度の活動を除き、事前に「野外体験活動...

……つぶやき……2020.5.10
 授業の形式は〈講義/演習/実技〉のうち〈演習〉。コロナ禍で2020年度の講座開始は5月からとなり、オンラインで行うとなった。ここ数か月、野外に出られなくなった。屋内で何が出来るかと煩悶したが、演習(野外での実践)なし(芦屋市内で小学生との実践、神戸市内で保育園等の実践、いずれも出来なかったことを通しての結果)では核心部分が出来ないと悟った。子どもに《遊び》が必要と説き、それを言うだけ(=講義だけ)というのは、どうしても忍びない。無力感に襲われる。子どもは《遊び》で学び、おとなになる。この信念だけは曲げられない。

リモート授業は「自然と外遊び」に適さない!
 コロナ禍(2000年2~5月)で、リモート授業(インターネットを利用したオンライン授業)を経験することになった。保育士養成校での授業について結果1回だけだった(2020.5.12)。わずか1回の体験だったけれど、気づいたことを記しておきたい。 ●その1:学生は〈プロ〉で...

全15回の講義 2020年4月~

  1. 野外活動で危険を回避するには…「危険」と「不快」を区別しよう
  2. 野外活動で遭遇する動物などの危険… 野外は、危険がいっぱい!
  3. いつからおとな?──で、遊びを考える… あかちゃんは冒険者として生まれた
  4. 母に抱かれて人間となる… ヤノマミ編、そして、ノンバーバル編
  5. 寝転ぶだけの授業…「なにもしない」ということの意味
  6. 行動半径と世界観… 未知(道)との遭遇。Stage of 野外活動
  7. ちょっとした探険ごっこ… 道なき道を歩く
  8. 五感と直観と霊性…「感じる」ことは大切だが、むずかしい
  9. 《3つの体験》& ハートスケール… 今日の続きに明日がある
  10. The Renaissance of Childhood…「子ども期」の再生
  11. はじめて出会う〈ともだち〉自然… 子どもは正答を求めていない
  12. 野外でご飯をたく… 火をつかう。子どもに楽しみをつくる技術
  13. 家族連れの遊び場・おでかけ… 家庭や保育で実践できるフィールド
  14. 子どもの発達に必要な要素を12の漢字で表現… 指導計画について
  15. 定期試験、そして「子育ての公理」
確からしさループ
 それなりに〈子育て〉を考えているのですが、自分では納得していても、あるいは到達したような感慨があっても、「果たして、確かなのだろうか?」と自問自答すること、いつもだ。反論や疑問をいただくと、かえって課題がみえてくる。だから、確証的な表現をなるだけ避けている。《子育ての...
「正しい」を疑う
 「だまされたい」と思う者はいないだろう。だまされぬように用心する。どんなふうに? だまされない処し方は、だまされてみることが最も確かな方法ではないか。だまされないよう身構えるのでなく、「まず信用しよう。この人にならだまされてもかまわない。」そういう信頼関係をつくりあげ...
子供、子ども、子どもたち、等々の表記について
 保育などkodomoと関わる仕事に長年携わってきた人たちでも「kodomo(子供等)ってどう書いたらいいの?」と疑問に思い、的確に答えられないことは多い。「kodomoはお供ではありません」と「供」の使用を好ましいとしない主張を耳にしたこともある。そのためだろうか、保育の世界...

某大学院生の修士論文作成に関わるアンケート、依頼文(抄)

 以下の文章(抄)は、2012年8月27日付けで、某大学(私立)人間発達学部大学院担当教授より神戸こども総合専門学院宛にて受領したものです。

幼児教育にとって遊びが大切な事は自明のように思われ、幼稚園教育要領にも、保育所保育指針にも、「遊びは、遊ぶこと自体が目的であり、~・・・・」とその考え方も明確に出ており、遊びという文字は実に200回以上(要領275回,指針226回)登場してきています。けれども、保育者養成のカリキュラムには「遊び論」という科目はおかれていません。そこに注目し、遊び観と実践の関係にも着目しながら研究を始めていますが、まず、各養成校がその点をどのようにとらえ、独自の選択科目を置いているのか、関連科目で行っているのか、実態を明らかにしたいというものです。

  • 道なき道を進む学生たち
連載:擬育(育てるは似せること)第1期
擬育(ぎいく):造語  働いているから保育園に預ける、3歳になったから幼稚園に行かせる、最近では、働いている・いないという親の事情にかかわらずに利用できる「認定こども園」があります。こうした場合を「保育」とし、家庭で親が育てる風景を「子育て」と、ここでは使い分けま...
帆塾(はん塾):フィールド型寺子屋
 "寺子屋"は時代錯誤だろうか。武士が闊歩? した時代をイメージするのではなく、子どもがどう育ち、育てられたのだろうか。そのことを第一に考えたい。寺子屋の時代と比較するならば、武士階級だけでなく、農民の暮らしがどうだったのか、そこをしっかり知りたい。 山田...
my Opinion
 アメリカはなぜ銃規制できないのか?の問いと等しく、日本は〈なぜクルマという凶器優先社会を規制できないのか〉を問うときに達しているのではないか? 銃の犠牲になるのはアメリカ社会では不運なのか? クルマの犠牲になることは不運なのか?// 子どを認めたら減速しよう // 横...

山田利行 2020.1.11改訂
2017.9.1記す
▶子育ての確からしさを考える