食と家庭の崩壊 ── 2冊の本で考える

  • 2冊の本──書評
    1. 岩村暢子 2003年『変わる家族 変わる食卓』
      • 副題 真実に破壊されるマーケティング常識
    2. 岩村暢子 2005年『〈現代家族〉の誕生』
      • 副題 幻想系家族論の死

子どもが変だ。奇妙な社会現象が起きる原因は、なんだろうか? 子どもが育つ「家庭」に問題があるのだろうか? こんな疑問に、マーケティング調査を行う広告会社(アサツー・ディ・ケイ)のチームが取り組んだ。名づけて「食DRIVE調査」。

商標登録も済ませている調査名称「食DRIVE」は、それ自体がユニークだ。「食DRIVE」調査とは「首都圏に存在する1960年以降に生まれた〈子どもを持つ〉主婦を対象として、毎年実施してきている食卓の実態調査」(『変わる家族 変わる食卓』)。調査は1998年から2002年の5年間に行われた。調査対象者111人。調査された食卓数2331。

調査は、3つのステップにわたる。

第1ステップは、「食事作りや食生活、食卓に関する意識や実態などについて質問紙法で尋ね、回答後回収する」。いわゆる「アンケート調査」で、この第1ステップは、ほかでもありそうな調査だ。

では、食卓の実際を見せてよ! と、1週間分、朝昼晩の3食全部「使用食材の入手経路やメニュー決定理由、作り方、食べ方、食べた人、食べた時間などを日記と写真で記録してもらう」のが、第2ステップ。うわっー、そんなん見せられへんわ、と思った人もいると思うが、本書には確かにその証拠写真たちがたくさん掲載されている。調査はしつこくまだ続く。

多少は体裁をつくろえた第1ステップのアンケートと第2ステップの食卓日記と証拠写真をつきあわせ、これ、おかしいやないの? と「詳細面接」を敢行! これが第3ステップ。

調査された人たちの年齢は、1960年以降生まれ、つまり調査時点で40歳前後を年長にしてそれより若くなり、30歳代がメインと推定される。なぜ「1960年以降生まれ」かについては、明確な説明はないが、これを仮説的に設定することで「子どもが変、奇妙な社会現象」などの謎を解く優れたアイデアだ。「家族のあり方や関係を明らかにするための定点観測の場として」食卓に注目したと、説明されている。

『変わる家族 変わる食卓』

この本を読むと、びっくりする食生活(=食卓)ばかりで、ホンマかなと驚いた。「私」の食卓と同じまたは似たようなものではなく、まったく違うからだ。さりとて、では、他人の、あからさまな飾らない日常の食卓を見ることはできない。それだけに、周到なこの調査「食DRIVE」は貴重であり、衝撃的だ。著者も、「いま家庭の食卓の激変ぶりは若者や単身者の食実態以上にショッキングである」と記す。

この本のどこを開いても、それを見ることができる。114ページの写真には、こんなキャプションがついている。

パン嫌だ、ご飯嫌だという子どもたちの要求に応えて家族全員の朝食がタコ焼きとジュースになることもある。

さすがにこれは変だと思える。

スーパーの帰りは目的がなくてもコンビニに寄るのが楽しみ。私1人の昼食をコンビニで買った。そばと鱒寿司のおにぎり。(139頁)

洗い物を出したくないので鮭フレークもタラコもパックのまま出す。(54頁)

1日1回納豆を食べることにしているので、インスタントラーメンのときにも納豆は欠かさない。(166頁)

なぜ、こんな食卓なのか? と、被調査対象者に面接で詳しく尋ね、綿密・詳細に記されている。あなたは、この本を読んで、そんなもんだろうと相槌を打つだろうか、それとも、すさまじいともいえる食の荒廃に危機を感じるか。

1960年以降に生まれた人たちの、その「親の顔が見てみたい」。どんな子育てをしてきたのだろう? という調査をした。そのレポートが続刊で、次の本だ。

『〈現代家族〉の誕生』

「その親たち」は、戦前に生まれ、「戦後」を体験した世代だった。食(=食卓)は、親から子へと受け継がれやすいが、その親たちは「戦前・戦後」の、価値観の転換点に立っていただけに、「受け継がれていなかった」という結論を導いている。

その親たちへの調査は、「食DRIVE」と整合させるため、直接面接の方法をとっている。面接できたのは40人の親たち。その証言がくどいほどに収められている。「証言」を裏付けるために、国民生活白書などで歴史的事実をトレースしている。たとえば……。

インスタント食品やカレールーなど加工食品などが誕生した時期、電子レンジなど家庭電化製品が開発された時期、マクドナルドなどファストフードが拡大していった時期、等々、食生活の起源を明らかにしている。

結論らしきものは、今の若い親が原因で食が崩壊したのではなく、若い親の、さらにその親たちの段階で、すでに崩壊しつつあったということだ。

ところで、大変克明にもかかわらず、すっぽり抜けている点が少なくとも2つある。

1950年代から60年代にかけて、水俣病・森永ヒ素ミルク事件などが発生し、国民の知るところとなっていた。全国各地には消費生活の相談コーナーがあった。豆腐の防腐剤AF2(エイエフツー)は大きな社会問題になった。有吉佐和子の『複合汚染』が新聞連載されたのは1970年代。この小説や、レイチェル・カーソンの『沈黙の春』、そして、アメリカの消費者運動のリーダーであるラルフ・ネーダーなどの影響下で、日本でも消費者運動が起きた。

このような動きに共鳴した「その親たち」も少なからず存在した。そういう分析がまったくない。調査が克明であるだけに少々奇異に感じる。食の崩壊に歯止めをかけようとする社会的な動きが、一方にあったことは事実で、そういう視点がみえない。

もう1つは、家庭での、女と男の役割だ。『変わる家族 変わる食卓』の「まえがき」で、この調査は主婦を対象として行っているため、主婦の発言、主婦の行動ばかりがここでは取り上げられているが、それは決して「食事の支度は女がすべきものだ」と私たちが考えているからではないと、断りがある。しかし、家族(家庭)を論じるには、男がかかわってこなかった時代背景の分析が必要だ。現代の食(=食卓=家庭)の崩壊は、事実であることを認めたとしても、もう一方で、崩壊しなかった家庭もあるわけで、その説明が本書ではできない。これだけの調査をしていることから残念だ。

懸念も指摘したが、現代社会を考えるに、この2冊は類書のない好著といえる。

2005年9月2日 山田利行 記す

※単行本は勁草書房から、文庫本は中央公論新社から刊行された。