“The Renaissance of Childhood” Project

こんにちは

 1970年代当初、”団地”住まいの家庭で育てられる子どもに”鍵っ子”というレッテルが張られた。当時、公害訴訟の判決が次々と下され、環境への関心が急速に高まり、破壊されてゆく自然を守ろうという運動が全国に起きた。すべておとな社会のことだ。好ましいことだが、その批判の渦のなかに子どもが取り残されると私は思った。そのことが、子どもたちの野外活動へと結実した。それから半世紀、子どもたちの「遊び」はますます失われつつあるように思えてならない。もはや「ルネッサンス」を掲げて、すぐさま実践できる提案をしたいと思うようになった。

山田利行 2019.6.7

「こども」とは、だれか?
 家族4人。夫婦と子ども2人。その妻曰く「うちには3人の子どもがいる」と。その一人増えた子どもは夫を指す。これはジョークにしても、何をして「こども」というのだろう。幼児も中学生も親からすれば「こども」には違いない。小学1年生と6年生とでは「こども」だが同じに論じられない...

一歩先の子育て・実践編

坂本遼『きょうも生きて』
坂本遼『きょうも生きて』第1部 父のない家第2部 天のふうせん便宜上、以下「上・下」とする初出 東都書房 1959年偕成社文庫 1977年 1  坂本遼『きょうも生きて』を"再読"した。2001年に読み18年後の今(2019/7/13)読んだ。当時は、とって...
子ども向けとYA向けの本
YA…ヤングアダルト…小学5年生以上を目安としています。対象年齢は下限年齢です。目安程度です。子ども向けの本は、大人が読んでも価値あるものです。自然科学の本は、「特に幼い」子ども向けを除き、「自然」の項目に入れています。 下記3行のリンクをもとに、このページを改造...

年齢(学年)による発達段階

子ども期の、再生(ルネサンス)

The Renaissance of Childhood

 世に生を受けても、疫病にかかるなどして必ずしも生きながらえるとは限らなかった。やがて、医療や衛生思想が普及しこれを克服してきた。他方、宗教世界から解放され、科学や産業の発展で子どもに教育の機会が与えられることになった。先進国では総じてここ200年乃至300年前のことだ。(参考:本田和子 2000年『子ども一〇〇年のエポック』)

 さて、今では「豊かさ」を傍受できる。飢えることなく、欲しいものはなんでも手に入る。商品を購入したり余暇を楽しむことで心の豊かさも満たせる。しかし、何かが足りない、満たされていないと思う人は多い。子どもは不足を感じると要求する。「満たされていない」ことが不満になるのだ。

 『子どもはもういない』(The Disappearance of Childhood / ニール・ポストマン 1982)は、子ども期 Childhood の消失を警告している。つまり、200年乃至300年前のさらに前へ、子どもの置かれている状況が逆戻りしているというのだ。

 子どもが育つに必要な諸条件を、「豊かさ」と引き換えに置いてきてしまった。それを取り戻そうというのが、私の提案する「子ども期の再生(ルネサンス)」だ。

子育ての確からしさを考える ─ 理論 ─
 かつて、それは戦前と言ってよいと思うが、子どもは大家族で育てられた。敗戦後、新しい憲法によって、そして、その後の復興・経済成長に伴って、子どもは核家族で育てられるようになった。おとな中心の社会形成のなかにあって、子育てに必要なことが後回しになってしまった。だだをこねる...
子育てのご相談を受け付けます。
 どこかに(だれかに)相談したいけれど、たいしたことがなかったらどうしようと思ったり、相談のしかた・方法がわからないとか。すでに相談しているけれど、セカンドオピニオン的に意見をきいてみたいとか。小学1年生を担任しているけれど、学級運営で困っているが、相談するのに適当なと...

提案: 山田利行 2018.9.15

  • 改訂履歴
    • 2019.5.22 改訂
    • 2018.9.15 初稿